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彷徨う番犬 前編

注意事項 ・Twitterのタグ遊びでフォロワーさんから要素をいただいたキャラクターが登場します。 ・R18、流血、暴力表現注意。 ・ベニヒコ視点。 アパートの一室は黒と赤に沈んでいた。 天井のLEDライトは流れ弾で粉々に砕け、真っ暗で何も見えない。外を通る車の明かりや街灯の光が時折窓から差し込み、血染めの壁や床に転がったワルどもの死体を微かに浮かび上がらせる。 半グレ集団の溜まり場に襲撃をかけたのが30分ほど前だ。地元マフィアの商売に手を突っ込み、プール金を懐に入れようなんざ馬鹿としか言いようがない。 そんなとこでサカッてセックスしているオレたちも相当だがな。 戦闘の興奮をそのまま引きずって、獣の交尾みてえに四つ這いにしたクロを蹂躪する。お互いスラックスと下着を下ろしただけの格好で、腰を打ち付けるたびクロの首輪やベルトのバックルがガチャガチャと音を立てていた。クロの襟首までシャツを捲り上げれば、奴の大人しそうなツラとは相反する逞しい背中が現れる。身をかがめ奥まで陰茎を差し込めばクロが呻いた。それだけでは飽き足らず、僧帽筋に歯を立てる。服からも床からも鉄臭い臭いがする。血の匂いに昂りが蘇る。顎に力が入った。肉が硬くなり、クロが息を詰め肘をつく。ああ痛えだろうよ。歯が皮膚を破る感覚があった。 「クロ、こっち向け」 クロが横顔を見せた途端、顎を掴んで口を塞ぐ。唾液と一緒に血を押し流してやった。クロの口ん中も鉄臭かった。どこもかしこも血の味がする。 口を離せばクロの切れ長の目は鋭くなった。ナイフを突きつけられたようにゾクリとする。 ハッ馬鹿なイヌだ。そんなもんオレを煽るだけだってまだ学習しねえのか? オレは口から滴る赤い液体を拭い、クロにもう一度犬歯を突き立ててやった。 オレと"イヌ"のクロは、横浜にあるボーイズクラブ「帝愛妃」でキャストや客からの債権回収をやっていた。上の命令で借金を抱えたキャストを追いかけ中国まで来てみれば、こっちのワルどもに目をつけられるわ逃げたガキどもに金もぶんどられるわ散々な目に合った。 それからというもの、「帝愛妃」にゆかりのあるマフィアや団体から片っ端から仕事を受けている。しくじったことがバレて足元を見られ、割りの合わねえ仕事を振られることがしょっちゅうだ。 今回請け負った依頼も、そのうちの一つだ。 『你好ー(もしもし)。ベニヒコくんこっち来てるってホント?』 安いビジネスホテルの部屋を久しぶりに取った日だった。 スマホから少し間延びした女の声が聞こえてきて頭が痛くなる。面倒臭い相手だ。 『こっちのお店手伝ってヨー。アルバイト。オカネ出るヨー』 「わかった」 通話を切ってやった。こっちは断れる立場じゃない。店の場所も分かっている。 煙草を買いに行ってきたクロがようやく戻ってきた。 「遅え、いくぞ」 クロの手から煙草をむしり取って、ホテルの階段を降りながら火をつけた。 北京の郊外にあるクラブ「天堂」は、ホテルの中に併設されている。クラブは日本のそれと同じようにダンスフロアやバーがあるが、キャストが常駐していて、気に入ったキャストを客がホテルの部屋に持ち帰るスタイルだ。ホテルのいかにもな中華風の装飾は観光客に受けが良い。ツアーのガイドに小金を握らせて、遊びたいヤツをこっちに連れてこさせている。「帝愛妃」の運営が中国への経済進出の足掛かりとして、地元の著名人やマフィアと共同出資している店だ。 裏口につくとスマホであの女に電話をかけた。セキュリティが外され、ホテルの上層部にあるエグゼクティブフロアへ向かう。 エグゼクティブフロアは唐草模様の壁紙に木製のシノワズリの家具が配置された、東洋的かつお上品な空間だ。 飾り彫りが施されたアカシアのドアをノックする。 「ハイハーイ、请进(お入りくださーい)」 気の抜けるような文句に辟易しながらノブに手を掛ける。 途端、クロがその手を掴んだ。切れ長の目から視線を流し、下がるようジェスチャーで伝えてきたかと思えば扉を一気に開け放つ。 黒い巨体が迫る。身をかがめたクロはボディに拳を叩きこむ。巨体が身体をくの字に折り、ここでようやく向かってきたヤツが筋骨隆々の黒服だと分かった。クロは容赦なく次々と連打を腹に捻じ込み、最後に前蹴りで黒服を引き剥がした。そいつは床に転がったままピクリとも動かなかった。 「ハーイ、お疲レお疲レー。この子強いネ、いいワンちゃん拾ったネ」 真っ赤なカウチソファに、黒いチャイナドレスの女が寝そべっていた。ボブカットの髪には大振りの花飾りがつけられ、装飾のレースが顔を一閃する傷を覆う。細い足首につけられた金のアンクレットを揺らしソファから降りれば、女の無駄にデカいバストが弾んだ。 「試したのか?」 「面接代わりだヨー。あらー、ワンちゃん帅哥(イケメン)ネ。お名前なんテ言うの?」 煙管を咥えてニコニコと愛想よく笑っているこの女が、クラブの責任者の镰木里(リェン・ムウリー)だ。ホテルの経営とは別に、ここでの売春を仕切っている。 「クロくんていうの。いいナーワタシも強くてかっこいいワンちゃん欲しいナー」 クロに腕を絡ませる木里に「仕事は?」と聞けば、「んーどうだろ、まだ甘いネ」と首を傾ける。チャイナドレスのスリットに木里の手が伸び、小型拳銃のグリップが現れる。 が、クロはそれが抜き取られた瞬間、手元も見ずにシリンダーをがっちり掴んでいた。そして木里をジロリと睨みつける。 「ワオ、やるネ」 木里は目を輝かせた。 「ベニヒコくん、この子しばらく貸してヨ」 「いくらだ」 「1日10でどオ?」 「よし。衣食住は当然経費で落とすんだろうな?」 「抜け目ナイネ、いいヨー」 「いつまでだ」 「分かんない。妈妈(マーマー)帰ってくるまでネ」 妈妈(マーマー)ことホテルのオーナーの楊林杏(ヤン・リンシン)は、今は身を隠しているらしい。殺し屋がうろついていて、保護料を払っているマフィアに追わせているが店が手薄になっている。 要はオーナーのババアが帰って来るまでここの用心棒をしろってこった。 報酬の振込先やしばらく寝泊りする部屋を確保し、契約書に念入りに目を通してからサインした。 「ワンちゃんよろしくネー」 木里はニコニコとクロの顔を覗きこむ。クロは相変わらず表情の無いツラだったが。 「オイ、責任者んとこまで連れてけ。どいつだ」 「ハイハーイ、おいでワンちゃん」 木里はクロに腕を絡ませ、ピンヒールを機嫌よさげに鳴らしながら歩いて行った。 各部屋の様子を映すモニタールームに連れて行かれ、裏方のスタッフをまとめるオッさんに紹介された。仕事は横浜の店とほぼ同じだ。各部屋やフロアを見回り何かあれば現場に走る。 木里はクロを連れてクラブに向かった。モニターを見てみれば、木里はクロと腕を組んだまま歩いている。ダンスフロアにはDJブースがあり、暖色の照明にミラーボールから放たれる光がフロア全体に散っている。隅の方にはバーカウンターがあり、派手な柄シャツを着たバーテンや露出が多めの服を着たキャストが行き交っていた。木里はクロとフロアを周りながら、時々客の輪の中に入って愛想よく話している。 ありゃ"用心棒が来たぞ"とどっかに潜んでいる殺し屋を牽制してんだな。あとはクロを最初の的にする気だ。オレも弾除けや''穴"用に飼っているようなもんだが。まあアイツなら2、3発ぶち込まれたとこですぐ死にはしないだろ。 初日は部屋の配置やスタッフの顔を覚えながら見回り、店の営業が終わった後仮眠をとった。クロは戻って来なかった。 1週間ほど経ち、ここでの生活サイクルに慣れてきた。木里はクロをえらく気に入ったようであちこち連れまわしこっちに寄越そうとしない。モニター越しにツラを見ちゃあ"まだ生きてたか"と確認する程度だ。 だが、そろそろあの女の悪い癖が出る頃だ。案の定、この日クロが連れて行かれたのは木里の寝室だった。

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