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第3話
黒沢が眠っているのを確認し、素足のままトイレへと駆け込む。水を流しながら桐島は吐いた。無意識に、黒沢のバスローブを片手に持ってきてしまった。汚れないようにドアノブにかけ胃液が出るまで吐いた。いつものことだ。慣れている。喉が焼けつくように痛む。目に浮かんだ涙を片手で拭うと、黒沢に気づかれないように、そっとダイニングへと歩いた。
灯りをつけずバスローブをまとい、桐島しか飲まない紅茶の空き缶へと手を伸ばした。蓋を開け、中からシートを取り出す。この中には薬が入っている。こぼさないように震える手のひらに錠剤を置くと、口の中に放り込んだ。
――俺を客のように扱うな!
黒沢になじられた、あの日を忘れない。一瞬、なにを言われたのかわからなかった。ただ黒沢が欲しくて、自分から口づけて、ネクタイを外し、シャツのボタンを外し……。ベルトに手をかけ、ひざまずいた桐島に向けられた侮蔑の視線。激しくあらわにされた嫌悪感。どうしていいかわからず、部屋を出ていこうとした桐島を暴力的に抱いた黒沢。あの痛み。身体だけではなく、蝕まれていた精神を一瞬にして黒沢は壊した。吐いて、震えて、怯えて、泣いて。
――それでも黒沢と一緒にいたい。
たとえ、終わりの始まりであろうと、それでも桐島は黒沢といることを選んだ。不安に駆られ、息苦しさに耐え、穏やかな眠りが訪れなくなったとしても。
誰にも相談できず、桐島は仕方なく以前、客だった医師と連絡を取った。黒沢に知られたら殺されるかもしれないと思ったが、それはそれでかまわなかった。その黒沢といるためには、なんでもする。それが桐島の決意だった。
黒沢とのことを正直に話すほかなかった。それを聞いた医師は、信頼できる心療内科医を紹介してくれ、桐島は、黒沢が仕事に行っている隙を見て、なるべく夕方以降に診察してもらうことになった。話を通してくれていたようで、桐島はつらい想いをせずに済んだ。現在の状態をいくつか聞いたその医師は、これ、という病名を桐島に言わなかった。だから病気ではないのかもしれない。それから一か月に一回病院に通い、状態を話し、そして薬をもらって帰る。その繰り返しを三年。もらっている薬は、最初の段階で説明をされた。ひどく不安や苦しさを感じたら飲む頓服。そして、穏やかな睡眠導入剤。黒沢に明らかにわかるような効き目のあるようなものでは困る。だが、症状をひどくしない程度のもの。医師にはそう伝えてあったので、それを守ってもらえていて、ありがたい。
早くベッドに戻らないと怪しまれる。桐島は呼吸をひとつ整えて、そっと足音を忍ばせて寝室へと向かった。
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