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第7話

「気分でも悪いのか?」 「あ、うん……。平気……ちょっと、久しぶりの外だから、緊張してるだけ」  さっと視線を走らせる。フレンチの店らしい。入って黒沢が予約の旨を告げると、スタッフが奥へと消えた。すぐにこの店のオーナーシェフらしい男性が出てきて、黒沢とにこやかに挨拶をしている。しばらくして案内されたのは個室で、窓の外一面に夜景が広がっていた。思わず、桐島は「きれい」と口に出していた。天候がいいからか、千葉の方までよく見える。それにしても、黒沢はなぜ急にこんなところに来ようと思ったのだろうか。けれど黒沢が気まぐれなのを思い出し、それは言わず、進められるままに席に着いた。スタッフが手にしていたワインリストを黒沢に渡した。 「おまえ、ワインは飲めるか」  飲めなかったが、飲めるようになってしまった。客に合わせているうちに。嫌なことを忘れたいために。また、思い出してしまう。桐島は無理に微笑んだ。 「……うん」 「……じゃ、ペトリュスの76年を頼む」 「かしこまりました」  しばらくするとスタッフがボトルを持ってやってきた。桐島はテイスティングをしている黒沢にまたみとれる。なぜ、この男は、こんなにすべてが美しいのだろう。いつも、劣等感にさいなまれる。あまりにも不釣合いすぎて。  身を売る、という仕事についてから、桐島はいつも自己嫌悪で荒れた。何度も死んでしまおうと思った。けれど、母のことが気がかりで。そして、もう一目だけ黒沢に会いたい、と、それだけを思いながら、狂いそうになる毎日を過ごしてきた。今はその黒沢と一緒にいられる。なのに、その黒沢に激しく求められているのに、どうしようもない不安が押し寄せてきて、時々吐いたりすることもある。大丈夫、そう思おうとしても、思考が揺らぐ。自身でさえ収拾のつかないどす黒い感情が、黒沢をも飲み込みそうで怖くなる。こんなことを言えば、黒沢はバカバカしいと笑うだけだろうが。

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