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第10話

「……なに……これ……」 「……これって……」  黒沢がそれを手に取り、立ち上がる。そして、桐島のところへ歩いてきた。桐島は視線を外さないまま、立ち上がった。 「なに……これ……」 「だから……」  黒沢は困ったように笑った。そして、桐島の頬の涙を拭う。拭っても、拭っても、拭いきれず、黒沢は諦めた。 「言葉が……足りなかったというか…。理解していなかったというか……」 「黒沢……」 「俺は、もう、決めたんだ。……おまえと、生きていくと」  黒沢は左手を開いた。てのひらのそれを見て、桐島はまた涙があふれた。 「あの時は……三年前は、おまえは混乱していた。けど、もう違う。冷静になれたはずだ。おまえは、誰のものでもない。おまえは、おまえだけのものだ。おまえの身体も、心も。……ずっと、わかっていた。けど、俺はおまえに、気づかせたくなかったんだ。気づいていたとしても、離したくなかったんだ。……けど、おまえは俺のせいで精神も身体も壊して……。それでも必死に俺に着いてきた。放さなければ、壊れると思った。だから、最後の賭けに出た。一度だけ、おまえに選択肢を与えようと」  銀色に輝く、黒沢の左手の薬指に光るものとまったく同じものを握りしめ、桐島の胸にあてた。 「……黒沢……」 「もし……俺を選んだなら…おまえは壊れるかもしれない。いや、壊れるだろう。けど……絶対に離さない。もう二度と、おまえが嫌と言おうが、なんと言おうが、閉じ込めてでも俺のものにする。死ぬまで」  桐島は崩れ落ちた。涙が止まらない。胸が苦しくて切なくて、心の底から泣いた。ひざまずいた黒沢が握りしめた左手を、もう一度、桐島の胸にあてた。 「こんなたやすく手に入れられるもので、おまえを繋ぎとめようとは思ってない。ただ、俺は、……俺は」  声が小さくなる。 「……愛してるんだ……敦司……」  震える指で黒沢の左手を探る。そして涙のままの顔を上げる。桐島は、ほんの少し笑っていた。 「……また……勝手に決めたね……」  桐島は涙を拭った。 「……選択権なんて……俺にはないのに……」 「桐島……?」 「初めから、選択肢なんて、なかったんだ。……ただ、おまえのことを、愛してる。それだけだったのに……」 「桐島……」 「……おまえは、全然、変わらない……」 「……敦司……」  黒沢は、桐島の左手の薬指にプラチナの指輪をすべらせた。いつの間に。ぴったりと指に合った指輪を見つめた。涙で、視界が滲む。黒沢の指が、桐島の顎にかかる。力を添えなくても桐島の方が歩み寄り、二人は口づけた。  永遠なんてない。わかっている。けれど、共に歩いていけるかもしれない、と桐島は初めて思った。  二人で生きる有限の時間の中で、小さな奇跡を重ねていこうと。

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