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柳田 宅 7月16日 19時13分 ver.翔
約束の週末。最寄りの駅まで迎えに来てくれた柳田は、スーツ姿しか見たことのなかった以前のイメージとは全く違うラフな格好で、いつものように、にこやかに手を振って招いてくれた。
通学定期内にある柳田の自宅へ向かうのに、費用がかからない、というのは、非常に助かった。駅から歩いてもそれほどかからない距離にある、案内された柳田の住むマンションは、自分の激安アパートとは比べ物にならないほど、外観だけでも豪奢な造りをしていた。
エレベーターで部屋へ向かう。その間も他愛のない話をしているが、オレ自身、多少の警戒心と下心を持って、訪れては見たものの、彼……柳田は男に対して、下心などカケラも持っていない人物だった。いわゆるノンケだ。
案内された部屋は広く、綺麗に整理されていた。本が乱雑に置かれている自分の部屋とは大違いだった。間違っても、オレの家には呼べない、と思う。
都内の利便性の良い場所で、1LDKとはいえ、それなりの広さがある物件の家賃はそれほど安くはないだろう。それを表情で読み取ったのか、
「僕は賃貸だからね。会社から家賃の3分の2は負担があるから、それほど家賃を支払ってるんけじゃないんだ。」
さすがだ、というのか、なんというのか。
しかも、一緒に飲み始めると、あの時には見せなかった顔を覗かせる。かなり酒に強い体質らしく、最初こそ同じペースで呑んでいたが、ものの数分で潰された。
「目が回る。柳田さん、いつもこんなペースで飲んでるの?オレ、無理だわ。」
自分のペースで呑まないと偉い目にあう、ということを初回で、すでに反省するハメとなった。自分のペースで好きなように飲まなければ、醜態を晒しかねない。
けれど、最初に逢ったあの日、そんなペースでは呑んでいなかった。相手があれだけの勢いで呑んでいたのだから、愚痴話をしっかりと聞いてやるためか、送り届けるくらいの気持ちでいたのか、わからないが、もしかしたら、完全に酔う、酔わない、というレベルでなく、最初からセーブしていたのかもしれない。
青ざめたのは、相手が異様な潰れ方をしたのを見て、酔いが冷めたものではなく、本気で生命の危険を感じたからだったのだろう。最初から柳田は、酔ってなどいなかったんだ。だからこそ、多少のパニックを起こしてても、どこか冷静に会計に向かったりしていたのか、と今、思い返せば、足元もふらつかず、救急車に乗せるまでは、かなりしっかりと、こちらの指示に的確に行動していた。
事実、さすがに救急車に乗ってからは安心したのか、異様な脱力を見せていた。
「柳田さん、お酒、強くない?」
「そうかな?でも、まぁ、介抱役は多いかな。」
グラスに水を注ぎながら、そう言って笑う。この人は怒ることなんて、ほとんどないのだろう。
「はい、翔くん、お水。眠くなったら、寝ていいからね。翔くん、歩けないようなら、トイレも連れてってあげるから、遠慮しないで言ってね。」
「……なんか、子供扱いしてません?」
「してないよ?でも、外で酔ってフラフラはしない方がいいとは思うかな。いつもは、隙なんか見せないって感じのイメージだけど、今は隙だらけだよ。」
「今は柳田さんしかいないから、平気でしょ?」
「あはは、そうだね。」
その微笑みに癒されてしまったのか、オレはその後の記憶がない。目が覚めると、ふかふかのラグの上で眠ってしまったオレに枕と毛布をかけてくれていた。
「翔くんは、静かに眠ってるから、たまに心配しちゃうね。でも、お酒の飲み方も綺麗だと思うよ。君と飲んでいると、楽しい話題ばかりだからね。お酒を飲んで面倒臭くなる人間はたくさんいるからね。
ウトウトし始めた時は、可愛いとすら思っちゃったよ。」
出会った時から変わらぬ優しい微笑みに、一週間、勉強に追われる日々のささやかな休息のようなご褒美感を感じている。最後の一言を除けば。
ツマミに用意されたものも、なかなか自分では買って食べたりしないものもあったりした。柳田は料理も得意らしく、作ってくれる食事も、すべて美味しかった。一人暮らしにしては、かなり充実した部屋の造りになっている。
オレの安アパートとは比較にならないくらい、周りの生活音などは聞こえてこない。
気兼ねなく呑むことが出来、居酒屋のように大きな声を出さなくても会話は出来るのに、アルコールに唆され、話が弾んでくると、ついつい大きな声を出してしまっていた。こちらがバカ笑いしていても、両隣や上下の部屋の人にも聞こえていないのだろう。
そして、いつの間にか眠る。心地好い空間に、すっかりと甘える生活に慣れてしまってきていた。
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