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柳田 宅 10月15日 14時40分 ver.翔

夏休みの終わりと同時に、柳田の家を出たオレは、また、いつも通りの生活に戻った。少しの寂しさと、この1ヶ月少々離れただけで、騒音レベルの近所の生活音が、これほどにもうるさかったのか、と実感していた。 それからまた週末だけ、柳田の家で、酒を飲んだり、飲まなかったり、な生活を続けていた。 柳田もかなり忙しいらしく、金曜の夜に、当然のような顔でオレが現れても嫌な顔ひとつせず、夕食を共にする。 食事をしながら、あれこれとディスカッションをしたりするが、オレが眠った後に、仕事をしていることも多いようだった。 それでも『留守番を頼んでもいい?』と、土曜は出勤して、酷い時には日曜の朝に帰宅する、というような生活をしていた。 当然、その生活が続くようになってからは、仕事を持ち帰ることもザラで、そんな時などは、互いに向き合ってはいたものの、柳田は厳しい表情で、パソコンとにらめっこをし、オレは暗記しなければならない薬剤などの勉強をさせてもらっていた。臨床実習用の試験には、薬剤師試験も含まれるからだ。当たり前のことだが、薬のことを理解してなければ、処方は出来ない。 けれど、たまに柳田の顔色が良くない日があるのが、少し気掛かりではあった。特に日曜の朝帰りの後だ。帰宅後、倒れるようにベッドへ潜り込むが、仮眠程度に眠ると、『あまり眠りすぎると、夜眠れなくなるからね』と中途半端な時間に起きてくる。 柳田が、シャワーを浴びてる間に簡単な朝食(?)とコーヒーを淹れる。自分の分も淹れて、飲み始めた頃にスエット姿で濡れた髪を拭きながら、バスルームのドアが開く。 「翔くんの手料理が食べれるのは、こういった日のご褒美だよね。辛くても、それで頑張れちゃう気がする。」 いつもの微笑みを浮かべた頃には、シャワーで温められた体温のおかげか、顔色は、幾分良くなっている。 「柳田さん、ここのところ、無理してません?朝、帰ってきた時、青ざめるの通り越して真っ白になってますよ?」 「んー、今が正念場ってところだから、もう少ししたら落ち着くよ。ごめんね、心配かけてる?」 「そりゃ、しますよ。まともに休んでるの、隔週だし。」 そんな言葉すら、嬉しそうに微笑みながら、トーストに目玉焼きを乗せて頬張っている。 「なんか、悪いとは思うけど、翔くんに心配してもらえるのは、なんか嬉しいなぁ。新婚的な気分?」 「男相手に、よくその言葉が出てきますね。もし、そうであるなら、オレは最悪な嫁かもしれませんよ?料理を筆頭に、家事全般が苦手ですからね。」 「ダメな部分を補い合うのが、夫婦だって聞くけどね。まぁ、僕のは気分的な話だし。実際の結婚経験は無いからね。結婚前の同僚の話を聞くと、大体、皆、そう言うけど、実際に生活をすると、相手の粗みたいなのが見えちゃって、譲る、譲れない、で揉めることも多いみたいだよ。 相手に求めるものが多すぎてもダメだし、尽くしすぎてもダメだし。難しいよね。翔くんと一緒にいる時は、自然でいられるのが、すごく心地好いんだよね。そう思っているのは、僕だけかな?」 「……そんなことは……ない…です。」 なに?!その不意打ちな質問!! 思わず、顔が火照って暑い。 「顔真っ赤。翔くんって、本当、可愛いね。」 「…だから、男に使う言葉じゃないですよ、それ。」 無意識は本当に罪だ。柳田を見てるとつくづくそう思う。

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