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1月20日 ガラス細工の街 Ver.翔
看病の甲斐があってか、日曜日には熱も下がり、翌日の月曜から仕事にも出ていたようだが、電話で話す限りは、口調は元気だったので、それほどの心配をしてなかった。
けれど、金曜日の夜、駅前の待ち合わせの店に現れた徹は、相変わらず顔色が悪く、オレは外に面したカウンター席で、コーヒーを飲んでいたのだが、入口まで、少し離れた場所だけに、徹は俺を探すのに、キョロキョロと店内を見回していた。
1人でいる時に、ニヤニヤしてるのもどうかとも思うが、いつもの優しい笑みもなく、遠目に見ても、かなり疲れた顔をしていた。たった数日前と比較しても、いくらかやつれたようにも見える。
それでも、オレの姿を確認し、顔を見ると、いつものように微笑む。その彼の強さはどこから来るものなのだろう?
辛いなら、辛いと言って欲しい、と思うのに。
「そろそろ翔も学業に専念しなきゃならないし、年末年始は一緒に過ごせなかったからね。今週はお詫びに、ちょっと贅沢なデートしない?
最初の食事以来だね。こうして外で食事をするの。それで、夜はホテルで、ゆったりと過ごしたい。」
突如、飛び出した提案に首を傾げる。互いの誕生日には、まだ、時期が早いし、試験がこれからという時に、祝うことなど、特にないはずだ。何故、ホテルなのだろう?
本来なら、その顔色を見る限り、自宅でゆっくりと休ませたい。けれど、徹がそうしたいなら、それでいい、と、近くのレストランで食事をしてから、ホテルにチェックインして、ラウンジへ向かった。
都会の中にあるこのホテルの最上階のラウンジは、最小限に照明が絞られていて、薄暗いが、テーブルには、小さなキャンドルが灯されていて、雰囲気はとても良い。
流れてる音楽も、ゆったりとしたジャズやボサノバで、エキゾチックな雰囲気も漂わせていた。
そして、ただ、ガラスを嵌め込んだだけのような、全面を囲むようなガラス張りの大きな窓から見える、階下の夜景は絶景だった。ガラス細工の街とは、よく言ったもので、光の渦の中、様々な色が混じり合う。
そのコントラストは見事としか言いようがなかった。
その見事な夜景に言葉を失って見入ってたオレを、ゆったりと酒を口にしつつ、夜景とオレを交互に観ながら、微笑んでいたが、ふと気付くと、徹はかなり思いつめたような、疲れたような顔をしていた。
「……ねぇ、徹?疲れてる?疲れてるなら、横になった方がいいよ?」
「ううん。大丈夫。翔と夜景がどっちも綺麗でハマってるなぁ、って見蕩れてただけ。」
正面切ってそんなことを言われると、照れてしまい、意図せず目線を逸らしてしまう。
「だから、男に使う言葉じゃないし。確かに母親似だけど、女顔だって言いたい?」
照れ隠しに目の前のカクテルを少し多めに口に含む。
「へぇ、お母さん似なんだ。さぞかし美人なお母さんなんだろうね。」
「昔はね。モデルとかもしてたらしいけど、今は太って見る影もないよ。今はただのデブだよ。」
「あはは、キツイね。翔は美人だけど、女顔ではないよ。とても魅力的なだけ……」
「…てか、こんな場所で母親、とか、家族を思い出すのもイヤだな。せっかくの雰囲気が台無し」
「翔のことをもっと知りたいから、僕は大歓迎だけどね。」
「じゃあ、徹の家族は?それ聞きたい。」
「父は早くに他界してて、年の離れた姉と、年老いた寝たきりの母がいるかな。姉は結婚していて、3人の子供の子育てをしながら、母の介護をおしつけちゃってるから、頭が上がらない存在だよ。……あ〜、僕の家族の話をし始めたら、明るい話題にならないよ。」
「それはお互い様だと思うよ。家だってサラリーマンの父親に、男ばっかりの兄弟で……その所為もあるのか、母親は強い性格だし、父親も尻に敷かれてるような感じだし。あっちこっちで、喧嘩は絶えないし、登校拒否なんて、出来る状況ではなかったし。まぁ、弟達は年が離れてるから、本当にうるさくて。」
「登校拒否?」
しまった。余計なことを口走った。
「………まぁ、学生時代に『イジメ』みたいなのがあってね。それで、学校に行きたくない時があったんだ。」
家族について語ることは、あまり無かったけれど、この先、パートナーとして、生涯を共にしていけるのかもしれない、と淡い期待をし始めていたのもあった。
そのうち、その『イジメ』という名の、強姦 のことも話せるようになるのだろうか?
自分のために、こんなロマンチックな時間を作ってくれたことが、ものすごく嬉しくて、浮かれていて、徹の体調を、ちゃんと気遣ってあげることを忘れてしまっていた。
「……休もうか。」
艶の入った眼差しと声に、ブルっと期待に躰が震える。
その言葉を合図に、ラウンジを後にした。
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