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12月 ③ Ver.徹
久々の実家は、さすがに変わらない、と言っても、それなりの老朽化が否めないが、外壁の塗直しや、手入れはきちんと行き届いていた。本当に姉夫婦には感謝をしている。
そして、子供たちが増えた分、増築された部分は新しく、印象が変わって見えた。
実家では待っていた姪や甥たちに、欲しがっていたゲーム機や、電子辞書、といった年齢に合わせた機械類の土産を渡してから
「これ、義兄さんや母さんと一緒に食べて。」
と菓子折の数点と、義兄宛の酒を土産だと姉に渡した。これ、という土産もあるにはあるが、東京〇〇と名のつくお菓子では面白くもないので、東京での有名店の菓子折をいくつか買ってきていた。
「こんな土産ごときに、お金を使って。あの子達の土産代だけでも半端ないでしょ?子供たちが調子づいてしまうよ?まぁ、買ってやれない私たちが不甲斐ないんだけどさ。」
「それなりのものだから、壊したりして、お母さん達を困らせるなよ。……もう、買ってあげられないから、大事に使えよ?」
「はーい!!徹兄ちゃん、ありがとう!!」
子供たちは、礼を言いながらはしゃいでいた。それを渋い顔をして見ていた姉は、あまり甘やかすな、という。
そして子供たちに席を外してもらい、本題に入る。現在の病状、余命について……
「だから子供たちにも言ったでしょ?もう、買ってあげられないんだって。形見がわりだからいいんだよ。これで。」
その話の内容にただ、ただ、姉は泣き崩れ、義兄も複雑な面持ちで悲痛な表情をしていた。少しの間、押し黙るような間が流れた後に、ため息のような息を吐き出した。
「……俺は徹のことを本当の弟だと思ってる。実際に数年間、この家で一緒に生活してきたことも事実だし、家族なんじゃないかな?だからこそ言わせてもらうけどな……
出来るものなら、出来る限りの延命処置をしてもらいたいのが俺達夫婦の意見だ。
どうしても、それは拒否する方向なのか?」
真っ直ぐな眸を向けられ、決意は揺らがない、という眸で義兄を見つめながら頷く。
「徹が決めたことなら仕方ないし、今の話だと………残酷な言い方だけど、助かる見込みはない、そう聞こえてしまったんだけど?」
遠慮なしに義兄が尋ねてくるが、きっぱりと答えた。
「義兄さんの言う通りだよ。延命処置をしても、もう、半年後にかろうじて生きてるかどうかっていうところかな……
延命処置をしたところで長くて1年あるかないか、というところでしょうね。だから電話じゃなく、直接報告に来たんだよ。もしかしたら、生きてここに帰って来れるのも、これが最期になるかもしれないから。お墓はこっちに入れてもらっていいかな?」
これは変わることない事実だ。
苦しい延命処置で無駄なお金をかけるなら、姉夫婦に遺したい、とも伝えた。
「あと、高宮翔くん、って人から、絶対に連絡が来るはずだから、連絡が来ても、僕の居場所を教えないで欲しいんだ。近いうちに病院の近くのマンスリーマンションに引っ越そうと思ってる。彼とは連絡を絶ちたいんだ。携帯の番号も変わるから。前に伝えている番号は近いうちに使えなくなるから。新しいのを登録して?今度の番号は……」
二台持ちしているうちの新しい番号を伝える。
「その翔くんは、徹にとって、どんな存在?」
義兄にしては珍しい質問を返されてしまった。
「僕の大事な人……かな。でも、僕がいなくなる事を知らせたくない人でもある人。」
何かを飲み込んだように義兄は静かに頷いた。たぶん、僕のすべてを語らなくても、理解をしたようだった。
「……徹、身体に障らない程度に、今夜、2人で軽く飲まないか?」
義兄と姉は僕が中学生の頃に結婚して、一時期は一緒に生活をしていたから、姉同様に、義兄のことも本当の兄のような存在だ。伝えたいことがあるのだろう、と了承する。
「このまま、年を越すまで、こっちにいてもいいかな?」
「当たり前だよ。徹の家でもあるんだから。久々に一緒に正月を迎えられるんだ。大歓迎だよ。」
未だ泣いてる姉の代わりに、義兄は冷静に対応してくれる。その事が今の僕には有難かった。
2人だけの姉弟で、父は先立ち、母は寝たきり。そして弟まで失う姉の心の負担は相当なものだろう。残酷なことだったかもしれないが、何も告げないよりはマシだと思ってもらえれば良いと思っている。
伝えたいことだけは総て伝えた。それから僕は母の元へ行き、アルツハイマー型認知症を患っている母へ、話してもわからないであろうが、一言だけ告げた。
「母さん、ごめんね。僕の方が先に父さんに会いに行くみたいなんだ。また、次の場所で逢おうね。父さんと待ってるから。」
母はたぶん、意味を理解してはいないが、表情を変えないまま、涙を流した。それでも、親よりも先に死ぬのは、子供としても最大の親不孝だということは、百も承知だ。
わからないながらも何かを感じ取っているようだった。
僕が生きて、この寝たきりの母や、姉家族に会ったのは、この帰郷が最期になった。
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