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義兄と… Ver.徹

僕は免許は持っているけれど、車は所有していない。東京のど真ん中で、単身者が車を持つことは、維持費だけで莫大なお金がかかる。 車体価格もさることながら、車両税に車両保険、そして、家賃以上かかる駐車場料金が一番の曲者だ。僕のマンションについている駐車場ですら、かなりの安値になっているものの1台につき、7万円の上乗せがある。 一般の駐車場だったら、いったいどれだけかかるのか、と考えると、ゾッとする。 銀座の中心部の駐車場(コインパーキング)に至っては、10分800円という高額な料金だ。 だからといって駐車違反の切符を切られてしまえば、一万円以上の請求が来る。 交通網が充実している都心部は、電車やバスが仕切りなしに行き渡っている。自家用車の需要はかなり少ないし、公共交通機関を使う方が早い場合が多い。 車は必要な時にレンタルをするか、カーシェアを利用する方がよほどの安上がりだからだ。 それでも、それは中心部と言われる部分の話で、東京でも都下部へいけば、車なしでは生活ができない地域もある、という話はよく聞く。 翔とのドライブ以外で車を利用するのは仕事の時か、余程の遠出の時だけだと思い返す。 田舎にある僕の実家も例外ではなく、車がないと生活が難しい地域でもある。 家族用、仕事用の2台の車を所有してる義兄に至ってもそうだ。 僕よりも運転し慣れた義兄の車の助手席に乗り込み、僕のシートベルト着用もそこそこに義兄は車をスタートさせた。 義兄の車が、繁華街ではなく、逆方向に向かっているのは明らかだった。けれど、どこに向かおうとしているのかは、特に何も告げては来ないし、僕も訊ねることもしなかった。 「なぁ……こうしてふたりでドライブするって、何年ぶりだろうな。」 火のついてないタバコを咥えたまま、義兄は言葉を選んでいるような口調で僕に言葉を投げてきた。火をつけるかどうかも悩んでるようだ。 曖昧な言い方に僕も首を傾げた。たぶん何かを話すきっかけを作りたかっただけだろう。 「……どうだろうね。姉さんの初産の時以来じゃない?」 記憶を探してみるけれど、それほどの頻度はなかったはずだ。どこに行くにも、誰かしらが一緒にいた気がする。 「……かな。徹が東京の大学に行くっていう時は複雑だったな……あれからどれくらい経つ?」 運転中の独り言のように、他愛のない質問が投げかけられる。 「…12年くらいかな。社会人になってからは、すっかりご無沙汰してしまって……ごめん。」 「社会人ともなれば、忙しくなるのは当たり前だし、組織の中での立場もあれば、彼女だって出来るだろうし、なかなか帰郷なんて難しくなるだろうと思ってたし。だから、俺たちも、次に徹が帰郷する時は、結婚の報告だと思っていたよ。それだけに……残念でならないよ。」 「それは、本当に申し訳ないと思っている。」 「ところで、その大事な翔くんっていうのは、徹にとって、それほどにも大事な人なのか?」 突如、話題が逸れたことに不意をつかれる。 「ん?うん。大事な人だよ。だからこそ僕がこの世からいなくなるのを知らせたくない人かな」 「恋人なのか?」 「……そう、と言えば、そうだね。」 「……ヤッたのか?」 突然の義兄の言葉に飲みかけていたお茶を吹いた。なんてことを聞いてくるんだ!この人は… きったねーな、と苦笑いしながら本来の質問の意図はこっちにあったのか?と思うほどだ。 顔に熱が溜まっていくのを感じる。こんな経験は初めてだ。多分真っ赤になってることだろう 「え?はぁ?!シラフで、それを今、聞く?!」 「今聞かなくていつ聞くんだよ。てか、おまえでも動揺するんだな。いつも澄ました顔してんから、こんな話題で動揺するとは思わなかったよ。しれっと話しそうな気がしてたからさ」 とケラケラ笑う。 「……まぁ……うん……何度も抱いたよ。」 「胸もないし同じもんついてんのに、それ見て、勃つの?やっぱり良いものなのか?」 こんなド直球な質問をするために誘い出されたのかと思うと、なんだか居た堪れなくなる。 「……う〜ん……まぁ、好きだからね。良いか、悪いか、を聞かれれば、相手が(カレ)だから、としか言えないよ。彼以外には、何の魅力も感じないし、勃たないだろうね」 ハッキリと返した。彼以外なんて考えられないし、同性は同性としか見れない。 けれど、翔との情交は他の誰にも感じたことのない魅力と高揚感と充足感があった。 今まで経験をした女性ですら、自分の腕の中であれだけ妖艶に乱れる人間を見たことがない。あれだけ夢中で躰を繋いだこともなかったようにも思うし、僕は魅入られているのだと思う。 「逆に聞くけど、姉さん以外と、って考えられる?それと同じと思ってくれていいよ」 「それこそねぇな。そんなことしたら何されるかわかんねーし、(かおる)に最初に惚れたのは俺の方だから、最初から負けてんだわ。 ……しかし……まぁ……なるほどなぁ……」 納得はしてもらえたようだ。 そんなくだらない会話をしている間に、車は覚えのある場所に停車した。

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