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思い出の場所 Ver.徹
車の到着した場所は思いもよらぬ場所だった。僕は懐かしさとその景色に目を見開いてその光景に目を向けていた。
「懐かしいだろ?とりあえず、俺は徹と話したかっただけなんだ。馨がいたら、言いづらいこともあるだろ?男同士、全部吐き出してしまえ。」
海が見える高台にある駐車場。
すでに水平線の下に太陽は沈み、そのラインを薄く映し出しているだけだった。陽の色が綺麗なグラデーションを空に映し出している。
「ここも一緒によく来たな。」
咥えていたタバコに火をつけて紫煙を薫らせる。フーっとタバコの煙を深く吐き出した。
「そうだね。だけどもう、この景色も見納めか。この陽の沈む時間の空のグラデーションは、やっぱり綺麗だね。本当に綺麗……」
けれど、全てが同じ景色でないことが寂しさを増幅させる。
「……寂しくなるな。この眼下に広がる街と一緒だ。離れているのと、いなくなるのとじゃ、意味合いが全く違うからな……」
昔見えた、高台の下のほとんど夜景はない。あれだけ綺麗だったのに、数年前に津波でほとんどの家屋が流されてしまった。
僕が弱音を吐き出せるために連れてこられたこの場所で、義兄に甘えていいのだろうか?
義兄は甘やかす為に連れてきているのだから、思いの丈を吐露しても良いということか……
僕はゆっくりと口を開き、弱音を吐き出した。思いのほか、止まらないそれにどれだけ我慢を重ねてきたのかを思い知らされた気がした。
「…もう少し早く……もっと早く再診を受けてれば、切除出来たかもしれない。生きられたかもしれない…実際に切除出来る場所もあるんだ。進行性の癌だなんて……なんで僕が……!!
でも、切除が出来ないガン細胞を残したまま、痛い思いをしても余命が変わらないって言われたら、そのまま処置をしない方を選んじゃうでしょ?僕は受け入れたけど、受け入れたつもりになってただけで、本当は怖くてしょうがないんだ。これからどう変わっていくのかわからない。残された時間が、本当にどれだけあるのかわからない……怖くて怖くて仕方ないんだ。
僕にだってやりたいこともあったし、先々のことも少しずつ考え出していた矢先なのに、どうしてこんなことになるの?
義兄さんたちには申し訳ないけど、僕の心残りは、翔だけなんだ。彼が医者になるまでは最低でも生きていたかったって思ってたんだ。それすら叶わないって聞かされた時の絶望感は、今思い出しても手が震えるくらいだった。
大切に思える人が出来たのに……初めて心が動いたんだ。こんなに他人を想ったことはなかったんだ。大切にしたい、でも悲しませたくない……愛してるんだ……誰にも渡したくない。
でも幸せになって欲しい……もう、頭の中がぐちゃぐちゃになってる。そんな醜い自分も嫌なんだ。」
ひとしきりに吐き出した言葉に義兄は黙ってそれを聞いてくれていた。
「……申し訳ないわけあるもんか。一番大事な人が心残りになるのは当たり前のことだよ。
俺だって、同じ立場になったら、実家の家族には申し訳ないと思うが、馨や子供たちを遺すことが一番の心残りだよ。」
「姉さん、愛されてるね。」
「愛してるから、一緒になったんだからな。」
僕はクスクスと笑ってしまった。気の強い姉の何処に惹かれたのかわからないが、付き合うまでにかなり振られ、プロポーズも何度も断られ、それでもめげない義兄は逞しいと思う。
「義兄さんって逞しいよね。あれだけあしらわれてたのに、姉さんのどこが良かったの?特別美人でもないのに、姉さんも酷いよね。」
「運命を感じたんだな。この人だ、って本能がピピッとくるっていうだろ?あれだよ。」
「なるほどね。そういう意味では、僕も翔には感じてたかな。最初はあしらわれてたからなぁ。僕も何故かわからないけど、押して、押して、やっと食事に誘って、話をしたら、意気投合って感じだったけど。」
最初はストーカー扱いのような眼差しだったのを思い出す。事実、ストーカーのようにメールしたり、半ば強制的に呼び出す形で約束を取り付けたのだ。
「運命を感じたなら、なおさら別れては後悔するよ。徹はもう、決めてるみたいだけど、少しだけ、人生を長く生きてる先輩からの意見として、受け取ってくれれば、と思うよ。取り返しがつかなくなる前に素直になることも必要なんじゃないかな。」
「……そうだね。後悔先に立たず……か。」
呟いた一言に、義兄は寂しそうに微笑んだ。たぶん、僕が何を考えていたのかを把握していたのだろう。
「義兄さん、僕は、清隆さんが義兄 さんで良かったと思っているよ。」
「俺も徹が義弟 で良かったと思ってるよ。だからこそ、寂しくて仕方ないけどな。ところで、そのお相手の写真とかないのか?」
「……タバコ、僕も吸っていい?」
おう、とタバコを出してもらってる間に携帯の写真ホルダーから翔の写真を見繕う。
火をつけてもらいながら写真を見せる。
「……思ってたのと全然違う。若いし美人だな。おまえ、面食いだったのか?」
「あはは、大学生だからね。たぶん僕も一目惚れしたんだと思うよ。でも美人だけど、すごく男気がある子だよ。初対面の時なんて僕は醜態を晒してたんだから……」
義兄にもらったタバコは久しぶりすぎて、少し目眩がしたけれど、煙を吐き出す度に落ち着く気がした。
2人で煙を吐き出しながら、出会った頃の話をした。その思い出一つ一つが愛おしくて、心がチクチクする。
これから彼に別れを告げる覚悟を決めなくてはならない。
決心が揺らがないという自信が全くない。
揺らいでしまうかもしれない……
でも、共依存することだけは絶対に嫌なことだと強く思っていた。
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