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1月〜2月 Ver.徹

年始、少し早めに実家から帰ったあと、近所のスーパーやドラッグストアから、大きめのダンボールをいくつも買い物ついでに貰ってきた。とりあえずは処分する荷物の分別や運ぶための手段として。 休みの最後の日、軽トラックを借りて、いらない食器やクローゼットの中の貰っても使い道のない引き出物類や、いらない服、使っていないものをリサイクルショップに持ち込み売りさばくと、案外、いい値段になった。 荷物の分別をしながら、病院近くの部屋を探した。後々の処分が楽なように、家具家電つきの部屋を選んだので、不必要な家具や家電は部屋に残して引越しの日にリサイクル業者に引き取りを頼むことにした。 クローゼットの中はかなり変わっているが、表向きは全く変わらない部屋に違和感を感じてはいないであろう翔が、突如、現れたのは、一月の半ばの土曜日の午後だった。前の日から、寒気が止まらず、病気の進行を少し抑える、という慣れない薬の副作用で、高熱を出してしまったのだ。 必死な形相で現れた彼を、門前払い出来るほど、僕は大人ではなかった。僕だって、今のような付き合いの中、一ヶ月も放置されれば、彼と同じ行動を取っていただろう。 それくらい肉体関係を持ってから間もない僕らは、世間一般の普通のカップルで言えば、ラブラブな時期だ。翔が動くのも無理はない。けれど、試験を控えた大事な時期だというのに、もし、僕が本当に他人に移すような風邪か、インフルエンザだったら、どうするつもりなんだろう? けれど、問題はここからだ。服用している薬を見られたら、僕の病気がバレる確率が断然に上がる。部位を限定できなくても、どの薬がどんな効能があるのか、くらいは、さすがに医大生だけに知っているはずだからだ。 甘える振りをして、とりあえず、1万円を渡して、風邪薬と解熱剤とレトルトのお粥を、数個まとめて買ってきて欲しい、と、とりあえず追い出すように買いに行ってきてもらう。その間に、ゴミ箱を漁り、色の濃い目の小さな袋に薬のPTPを取り出し、荷物の整理の為に無造作に置かれていたダンボールやガムテープなどの証拠品を移して隠す。 遠慮がちに浮気の証拠を隠しているようで、少しだけ後ろめたさはあったのだが……かわりに風邪薬の袋をゴミ箱に入れ、中身は別の袋に移す。 とりあえず、薬は寝室の引き出しの奥に隠し、薬が入っていたPTP(錠剤薬などが入っているプラスチックや金属製の容器)と風邪薬の中身を放り込み、口を結び、地域指定のゴミ袋へ放り込んだ。高熱があるとは思えないほどのその動きは、自分でも笑ってしまうほど必死だと思った。 今回の翔のその行動は、彼が勘違いしている、誰か想像上の彼女と僕との密会、というのが念頭にある上にあるようだ。部屋に女がいないことを確認すると、ホッとしたような表情をした。が、僕は彼と別れる為の言い訳のひとつにしようと思った。 本当はそんな嫉妬が嬉しくて仕方ないくせに。 熱が下がって、翌日からは、仕事の帰り道に見つけた物件へ、すぐに申し込みをして、最低限の荷物をまとめて、夏物衣類などのすぐに必要ではないものをダンボールに詰めて、土日受け取りで宅配に頼む。生活必需品のみを残して、徐々に引越しの準備を始めていた。 軽いものは、仕事の帰りに持ち込んでは、すぐに生活できるような形で準備を進めた。 要らなそうなものや、大量にあった本の大半を処分してしまい、生活の拠点も新しい場所に移りつつあった。簡素になった部屋を見られたら、引っ越すのだとバレるので、翌週、翔を呼び出した時には部屋ではなく、外で飲むことにした。そのまま泊まれるように、部屋を取り、ラウンジで夜景を見ながら、隣に座る翔と、夜景を見比べた。 記憶に残すには十分な時間を楽しみ、夜景と翔を見比べる。本人は照れていたが、この笑顔を、この優しい人の顔を胸に焼き付けておこうと思った。 そんな中でも、僕はその体調の悪さを指摘されてしまう。そろそろ限界なのかもしれない、と思い始めてもいた。 眼下に広がる夜景は、驚くほど彼の魅力を引き立たせた。人工的に作られた夜景とは別に、歩いているだけで誰もが振り返るほどの美しさを持つ、魔性とも言うべき魅力が、さらに引き立つ、その姿に見蕩れる。 手放したくない。そんな気持ちが湧き上がるけれど、今、この愛しい相手の足枷にだけは成りたくない。 ホテルの部屋に入ると、制御がきかなくなった。この美しい人を腕の中に抱けるほど近くにいる。愛しても、愛しても、止まることのない愛しさに、狂うような波が押し寄せるが、触れることも、抱くことも、これが最後なのだと自分に言い聞かせる。 気を失わせるほど、激しいくらいに彼を抱いた。 どこにこんな欲があったのか分からなかったが、これが最期なのかと思うと尽きることの無い欲望が身も心も支配した。 けれど、どんなに躰を繋いだところで、心にわだかまる何かが徹の中には残ったままだった。

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