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救命救急 ③ Ver.翔
救命に戻った後、それ以降は大きな救命要請もなく、簡単な手当のアシスタントや、それほど重篤ではない入院の決まった患者を、病棟へ患者を運ぶくらいで、実習時間が終了すると、
オレは、実習着から私服に着替えた後、彼が運ばれたICUへ向かった。
状態が落ち着いてる、という事で、先ほど荷物を運び込んだ、ICUから一般病棟の部屋へ移ったのだ、とナースに案内される。
泣いてしまうだろうか?
怒鳴り散らしてしまうだろうか?
移された病室は四人部屋……と言ってもナースステーションからほど近い、その部屋には徹1人しかいない。
その部屋の窓際のベッドに横たわる彼は目を閉じていた。カーテンを引き、窓を背に彼の横に座った。元々細めの体型だった男はさらに痩せ細り、以前の彼を知ってる人物であれば、痛々しいほどだ。
点滴の刺さった反対側の腕を見ても、強く抱きしめてくれた腕も筋肉は落ち、骨と皮だけしかなくなってしまってるのではないかと思うほど細くなってしまった。手を握りながら、彼を見つめている自分が、思ったよりも冷静でいられたことがまだ救いだった。
「……見つかってしまったんだね……」
握りしめた手の甲に唇を当てた時、徹は眸を閉じたまま、静かにそう言った。
「……こんなとこで、なにやってんの?結婚するんじゃなかったのかよ?」
数ヶ月ぶりの懐かしい、その変わらないその穏やかなその口調に、声も荒げず、すんなりと普通に言葉が出てきた。
「一世一代の名演技だったろ?」
薄く開いた眸は翔をとらえて、これまでと全く変わらない優しく見つめる眸と、微笑みが目の前にはあった。
けれど、生命力は、かなり減っている。やっと、目の前の愛する人の現実を受け止められた気がした。
「…な…んで?……一緒に……乗り…越えようって…おもっ……うぅっ…」
『なんで?わかった時に、一緒に病気と立ち向かって欲しいと思ってくれなかったのか、どうして一緒に乗り越えようって、なんでそう言ってくれなかったのか?』
そう伝えたいのに、言葉にならない。静かに伝えようと思うのに、気持ちが邪魔して涙を堪えられなくなる。
「……先がないって聞いた時にね、僕は想像以上に、それを冷静に受け止められたんだ。翔が立派な医者になるところを見届けたかった。
でもね、延命処置をしても余命は変わらないって言われてね、それでも少しでも長く生きられるならしようとは思ったんだけと、同じなら諦めよう……って。
だけど、翔のことだけは気がかりだった。いくら医者の卵とはいえ、翔に僕の最期の姿は見せられない、そう思ったんだ。
恨まれても憎まれてもいいから、少なくても僕がいない人生に戻れば、そんなことに煩わされず余計な足枷は無くなるだろ?
翔は優しい人だからね。自分の夢を遅らせてでも、僕のところを選ぶ気がしたんだ。
それがイヤだったから、カッコ悪いとわかっていて、キミから逃げたんだよ。何をしても期限が決まった命なんだよ?
それに翔の傍にいたら1度は諦めた人生に、しがみつきたくなってしまうでしょ?……期限までもう少しだったのにね。」
「…も…少し…って…な…んだよ」
まだ、涙の嗚咽が治まらないオレは、まともにしゃべれなかった。何の治療すら受け入れず、すでに手遅れの身体には、モルヒネで痛みを和らげることしか出来ないことを知っている。
この人の命を、一秒でも長く繋ぎ止めたい。けれど、今のオレに出来ることは、そばにいることのみだ。
ーー情けない。
何も出来ずに、もがき続けなければならない。その間にも病魔はこの人の身体を蝕んでいく。焦りばかりが心の中を走り過ぎていった。
「……今からでも……抗がん剤の治療を受けなよ……もう、あっちこっち痛かったり、辛かったりするんでしょ?少し辛いかもしれないけど、オレも全力で補助する!!」
「翔!!それがイヤだから、僕は君から逃げたんだよ?
翔は、翔の学ぶべきことを最優先にして。
僕のことは二の次で良いんだよ。
辛い抗がん剤治療をしても、手術をしても、痛い思いをして、辛い抗がん剤治療をしても、余命はそれほど変わらないと言われたから、今の道を選んだんだ。翔の知らないところで、僕は静かに消えるつもりだったんだ。僕のシナリオの誤算は、君がこの病院での実習を選ぶことを予測できなかったことだ。」
切ない眸を徹に向ける。この再会は、ある意味、お互いが辛くなる再会だ。
身を切る思いで互いに別れて、翔は将来に向けて、徹は短い人生を終えるための人生を選んだのだ。
「……ねぇ、今でもオレのこと好き?
オレは身を切る思いで、やっと、徹の幸せを祝福出来るようになってきたところだった。
でも、ダメ。今の徹を見たら、一秒でも長く一緒にいたい。それを望んではいけないの?」
「……僕が……死ぬことが怖くなっちゃうよ。」
ーー1度は諦めた人生なのに『死』を受けいれた人生の終幕 を迎えるだけだったのに……
翔はベッドに乗り上げ、その痩せた頬を両手で挟んで口付ける。最初のキスを思い出す。同じようにその顔を覗くと、あの時には戸惑っていた表情とは違い、今回は悲しそうでいて、困ったような表情で微笑んでいた。
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