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闘病記と恋心 ② Ver.翔
『五ヶ月前、抱えていた仕事も大詰めだというのに、僕はそれよりも数ヶ月前に、
強制的に受けた会社の健康診断で引っかかり、
その思わしくない結果に、再診を受け、
その結果を会社に提出する事を
求められていた。
そんな頃にあの人に出会い、毎日が楽しくて、
病院へ入院してまで受けなければならない
人間ドックを面倒くさいとさえ思っていた。
とうとう痺れを切らした会社が僕を
強制命令で、病院へと放り込まれ、
人間ドックを受けたのが、冒頭に書いた
五か月前だ。
結果はすでにステージ4の末期ガン。
残された余命はその時で約半年。
無言の臓器と言われる場所に巣食った癌は、
大きな痛みも伴うことなく進行していった。
リンパへの転移をし、どんどん増殖を続けた。
気付いた時には、ほぼ全身が蝕まれていた。
それでも、多少の体調不良は自覚していた。
あの人にも顔色が悪い、とは言われていた。
仕事の忙しさにかまけて、己に降りかかるとは
思わない病魔を無視してきた。
僕は、あの人にそれを告げる勇気がなかった。
いろんな意味で、心の整理をつけるために、
あの人をしばらくの間、避けた。
他のことは、すべて諦めがついたのに、
あの人との別れ話の理由を探すのに、
自分の心の整理がつかないのだ。
だけど、あの人にそんなことを告げたら、
何もかもを放り出してでも、看取る、と
言い出すだろう。
けれど、あの人には、今やらなきゃならない
大きな夢がある。あの人と離れることと、
あの人に看取られること、どちらを選ぶか?
どちらにしたって僕にとっては同じことだ。
実際、僕は離れることを選んだ。
恨まれても憎まれてもいいから、
先のない男と一緒にいるより、
あの人には、明るい未来を歩んで欲しい。
けれど、こんなにも身を割かれるような
苦痛を味わうものなのだ、と実感したのは、
本当に別れを告げた後だった。
あの人の幸せを願うはずが、ここ最近の僕は、
あの人を他の誰かが抱くのかと思うと、
驚くほどの嫉妬が胸を焼く。
あれだけ泣いて断ち切った思いなのに、
僕は未練だらけの自分を再認識する日々を
続けている。
告げようのない思いをどこかにぶつけないと、
心が不安定になってしまいそうで始めたのが
このブログだった。
もう、残された時間もないし、
この病巣の巣窟の姿もみせたくもない。
気持ちを偽って。
あの人を捨てたのは僕。
未練があったってそれは自業自得だ。
あの人が、このブログを知らないままでいい。
それでも僕はここに残したい。
あなたを誰よりも愛しています。
もう、僕の手では出来ないけれど、
あなたには幸せになって欲しい。
今、目指してる夢をつかんでください。
あなたは幸せになるべき人なのです。
直接言えなくてごめんね。
僕に愛を教えてくれてありがとう。
さようなら……』
……バカだ。バカだ、バカだ、バカだ。
ネット世界は確かに広い。
でも、どこでつながっているのかなんて、
わからないものだ。
しかも、話題に上るようなものを
書くんじゃねぇよ。
絶望的なのはわかってる。
けれど、オレだって未だに好きなんだ。
ふざけんな!
勝手に完結するな!
まだ、終わっていない!!
どうせ迎える最期なら、一緒に迎えてやる。
本当のサヨナラは、お互いにきちんと
伝え合いたい。無理なことかもしれない。
けれど、再会した今なら、不可能とは
言えないだろう。
だから、そのメッセージに返事を返す。
オレは気付いたのだと。
「私もあなたを誰よりも愛してます。
愛してるならあなたの傍にいさせてください。
貴方を見つけた時は胸が裂かれる思いでした。
けれど、もう逃がさない。
僅かな時間でもいい。1秒でも長く
一緒に過ごせる時間を大切にしましょう。」
Lauf
Laufはドイツ語で“翔”という言葉だ。
『あの人』としか書かれていないが、ここで『オレも』と書くわけにはいかない。一人称が『私』である方がいろんな意味で都合がいい。
この人の方が、最期に不幸なんてあっては
いけない。そう思う。
けれど、彼の中に嫉妬なんて感情が
あったことが嬉しかった。
携帯から書き込みを打ち終えて、
カバンに戻そうとした時に、
徹の主治医である児嶋医師から声がかかる。
「あ、ちょうど良かった。
高宮くんと相談したいことがあったんだけど、少し時間、いいかな?」
「……え?あ……は、はい。」
なんの相談がわからぬまま児嶋医師に
ついていく。連れて来られたのは、
以前、徹との思わぬ再会に、
大泣きした児嶋医師の部屋だ。
先にオレが入り、児嶋医師が後から
ドアを閉めた。
カチリ、という音が聞こえた気がした。
ん?今、鍵が閉まる音がしなかったか?
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