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知らないこと Ver.徹

翔には幸せになって欲しい。 けれど、また、恋人が出来たら セックスをするだろう。 自分の腕の中で、悦がっていたその時の 表情を、彼の躰を他の人間に見られて、 セックスの最中に甘えるその仕草を 知られてしまうのだ、と、 妄想を始めてしまったら、 嫉妬でおかしくなりそうだった。 妄想なのに… 翔は綺麗な顔立ちをしていた。 顔立ちだけでなく、彼には初めて逢った時に、人を惹きつけるオーラのようなものを 身に纏いながらも、 何か仄暗い影のようなものを見た気がした。後々聞いてみると、母親が元モデルで、 母親似だと言っていた。 「今じゃすっかり肥えて、 見る影ないけどな。」 という、おまけつきだったけれど。 出逢った日、彼にしつこいほど“礼”という 理由をつけてまで、連絡先を交換し、 何故、会いたかったのか、 自分でもその時はよくわからなかったけれど、 最初は、その仄暗い部分に興味を持ったから、だったかもしれない。 回数を重ねて逢っていくうちに、 彼の外見ではなく人柄に惹かれていった。 彼を知りたい、自分を知って欲しい、 そんな気持ちを抱えたままで、 三ヶ月が過ぎた頃、酔った勢いとはいえ、 誘われるがままに彼を抱いた。 驚いたのは、自分の腕の中で乱れる彼が 酷く妖艶だった。彼の仄暗い部分は、 そこにあったのかもしれない。 今になって思えば、彼は男の誘い方に 慣れていたのだ。 そして、セックスの仕方も知っていたし、 男の身体を、自分の躰をどのように使うのか、を熟知していた。 そう。彼は男に抱かれるのは、 僕が初めてではない、ということだ。 何人の男に、どんな風に抱かれてきたのか、 それを聞く勇気はなかった。 けれど、セックスが、これほどに 気持ちいいものだと知ったのもその時だ。 彼を好きだと自覚した途端、 それまでのセックスが如何に お遊びレベルだったのかを知った。 その時、芽生えたあの、独占欲とも 支配欲ともつかない感情が湧き上がってきた 興奮は、今までに感じたことのない、 初めての経験だった。 『愛すること』ということを、 初めて教えてもらった瞬間でもあった。 その後の彼は一途だった。それまでには なかった表情で笑い、言葉数も多くなった。 けれど、最初に感じた仄暗い影と、 彼の男遍歴には、完全に近づくことが 出来ないでいた。 過去に何があったかはわからないが、 必要以上に他人に近づくことが 怖いのだと言ったことがある。 だから心を許せるまでに 親しい人間は少ないのだ、と。 けれど、彼が元々は優しい人間なのだとは、 誰が見ても一目瞭然だった。 でなければ、僕たちの出逢い自体が なかったはずだ。 ただ、勉強が出来るから医師を 目指してるわけではない。 何故、医師になろうと思ったのか? そう聞いた時も、 「オレさ、産まれた時に心臓に穴があいてたんだ。たまにあるんだこういうケース。 小学生になるまでに塞がる可能性があるから、それまで手術は見送るって言われてたらしくて… まぁ、運良く塞がってくれたから、 メスをいれずに済んだんだけど、 子供の頃とか、体が弱くて、 それが原因だったり、定期的に 検査入院とかするんだけどさ、 小児病棟には色んな病気の子供たちがいて、 仲良くなって一緒に遊ぶんだけど、 昼間は元気にしてたのに、 夜中に容体が急変して簡単に死んじゃうんだ。 そんな子供をたくさんみてきたのが きっかけかな。 特に小児医療に行きたいわけではないけど、 重い病気の医療には携わりたいと思ってるよ。本当に見てるだけって…悔しいんだよ…」 失われていく命を目の前に、 幼い心が傷ついてきたのだと…… だからこそ、これから喪うとわかっている 自分が近くにいたら、また、 彼は傷ついてしまうのだ。 僕はまだ、この時、勝手にそう思っていたのだった。

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