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悩み Ver.徹

「どうかしたの?今日は上の空だね?」 翔の顔を覗き込むと、何かを考え込み、少し戸惑った表情をした。期末考査も近いというのに、集中力を欠いていた。 それまでは専門の業者に頼んでいたことを停止した為、現在は僕の世話をする人間は、翔のほかにはいない。病院での下着類やパジャマの洗濯物や、私物の持ち込みをあれこれ頼んでいるうちに、すっかり、僕の新しいマンションの、住人のようになってしまった。 家賃も先払いで払ってあるので空き部屋しにしてるのももったいないし、病院へのアクセスが何より良い。その時間で勉強の時間を増やせるのなら、と使ってもらっている。 おかげで、入院生活に必要なものを買ってきてもらったり、外に出れないかわりに、翔が献身的に尽くしてくれていた。洗濯を頼むのも忍びなかったが、 『オレのも一緒に洗わせてもらってるから、逆に助かってる。同じ匂いがするって、なんか、いいね。』 と笑う。そうだ。この笑顔に癒される反面、僕は、この笑顔を喪いたくない一心で、生きることにしがみつき始めていたのだ。 本来、喪わせてしまうのは、彼の方だったが、僕の中で、他の誰にも渡したくない、という気持ちも芽生えていたのだ。 だから、とことん彼を甘やかす。 『君は食事には無頓着だからね。タダでさえ今はバイトもしてなくて、節約生活をしてるんだから、食費くらいは負担させてくれ。』 今も会社からの病気療養手当が出ているのと、給与やボーナスを貯金していたおかげで、多少の蓄えはあるし、会社で入っていた保険で、入院費用や、通院費用は保険で賄われている。 死亡保険の3分の1も口座に入っているし、他に入っていた保険でも、そちらからの入院費用も多少は支払われている。ただ、あとどれくらい生きられるのか、わからないから、無駄遣いは出来ない。 だから、先に契約した現在のマンションの使用と、食費くらいの負担は、彼を甘やかすには少ないくらいの材料でもある。 「……えっ?…あ…あぁ…ううん、何でもないよ。今日は少し忙しかっただけ。」 ……明らかな動揺に、嫌な予感がする。 「今は救命だっけ。ここは搬送が多いから大変だよね。現場に入ってみてどう?」 とりあえず、話題を逸らして様子を見る。 「オレは見てるか看護師さんたちの補助しか出来ないんだけどね。ただ、忙しさはハンパないよ。だけど勉強になる。オレがここを選んだのは、ここの救命が目当てだったからね。」 はにかんだ笑顔でそう答えるが、そこに憂いが含まれている。 「そのうちに外科にも回るんでしょ?他にも先生はいるけど、児嶋先生の下についたら、僕のところにも来るのかもね。」 「…そ…そうだね……そうなると…いいね。」 児嶋の名前が出すと、目に見えて狼狽えて、目線を逸らしてしまった。何かがあったことは 間違いはないようだ。 『児嶋となにかあったのか?』『試験の心配をしてるの?』『僕のことで、何か言われた?』 何をどう聞いていいのか、わからない。言いかけてやめる、という動きを数回してしまった。 翔は不思議そうな表情をしたけれど、何も聞いてくることはなかった。そして、僕も言えるはずもなかった。僕の余命についてなにか言われたんだろうか? ふと、寂しそうに微笑み、遠慮がちに 「…徹…オレ、本当にあんたのこと好きなんだ。負担がかからない程度でいいから、キス…してもいい?」 僕の耳元に小声で聞いてみる。僕は微笑みながら翔の頬を両手で挟んで引寄せた。 翔の触れる唇は温かく、感じる体温全てが愛おしい。軽く唇を触れさせ、その唇をシャツの下に這わし、きつく吸い上げる。心地よさそうに、小さく息を漏らし、また、唇を求め合う。 けれど、その日、翔は彼が抱えている『何か』を僕に告げることは無かった。  

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