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カウントダウン Ver.徹

今回の入院は、今までのように、数日での退院が許されなかった。 何となくわかってはいたが、もう、自力で何かが出来るような体調ではないのだと。 完全な寝たきりにならなかったのは、翔への見栄もあっただろう。 余命宣告の時間までのカウントダウンがいよいよ間近に迫ってきているのだと、思い知らされる。それでも、体力づくり、と言っては、点滴片手に、病院内を散歩という名の徘徊をしたりしている。 本当にそうしていないと、寝たきりの生活になりそうで怖かった。そして翔と再会してしまったことで恐れていた『生』への執着が自分の中に芽生え始めていることもその要因の一つだ。 翔は僕の負担が少ないように、と、ベッドに忍び込んできて、お互いの体温をを確かめるように甘えてきてはキスを繰り返していた。 点滴が邪魔だったが、軽く肌を吸うと、気持ちよさそうに小さく声を上げる。僕はそれまでに付けたことのないキスマークを彼の身体の目立たない場所に残すようになった。 それが僕にとって、僅かな間だけかもしれないが、僕だけの所有の証として、少しの安心感を与えてくれた。 病室から検査室へ移動する際も、エスカレーターやエレベーターを利用して移動していく。 僕自身もたまに翔が働いている姿が見れたら いいな、くらいの感覚だった。 だから、検査の時も、なるべく歩きたい、と 車椅子での移動を拒否していた。 目線が下がると見えるものも見えなくなってしまうのが嫌だった。 時に翔は、病院内を忙しそうに歩き回り、カルテかなにかの書類を運んでいたり、その日についた医師と、なにやら話をしながら歩いていたり、ナースと話していたりした。 翔へ明らかに好意のあるナースと話してる時に、翔が無防備に微笑んだりしてるのを見ると、少しイラっとすることもあった。 嫉妬などという感情を、生命の終わる頃に感じることになろうとは、思ってもみなかった。 翔は良くも悪くも色んな感情を与えてくれる。 もっと気になったのは、隙を見ては、児嶋が必要以上に翔に絡んでいる。外科はそれほど暇ではないだろうに……まるでスケジュールを把握しているかのようだ。 翔は実習中の身であるからか、どことなく迷惑そうでいて、嫌そうにしているように見えるけれど、児嶋の翔を見る目は普通じゃない。 獲物を狙う猛禽類のイメージだ。 今までにそんな彼を見たことがない。彼は三十代半ばくらいと見られる外見で、一見気弱そうだが、モテそうな印象を受ける、外面の良いタイプの医者だ。 ノーマルであれば、軽く看護師も口説いているのではないか?とも思われるが、薬指に指輪をしているのはみたことがない。 まず、女の影も、生活の匂いもしない。 家庭がある、という印象がないのだ。 もし、彼がゲイで、僕との関係に気付いているなら、外見だけでも、あれだけ整っている翔が狙われても不思議はない。 しかも翔は、一時的にしか、この病院にはいない。弄ぶには申し分ない存在だ。 なんだか嫌な予感がする。けれど翔になにか あっても、予想だけではなにも出来ない。 本人から頼られなければ、なにもしてあげられない。 果たして頼ってくれるだろうか? そういうところは、男らしいと云うか、なんと云うか…… 今のこんな僕では、頼りにはならないだろうが、心のどこかで、隠し事などなく、二人は心から繋がっていられるのだと信じていた。 翔の様子がおかしくなったのは、そんなことを考え出した矢先だった。 何かを隠している様子で悩んでいるようだが、無理をして微笑んでいる姿に違和感を覚えた。 翌日、児嶋から治験の話しがきた。そして、この大部屋から、とりあえず病室を外科のICUに移して、状態が安定したら、個室に移って、投薬の状態を診たいのだ、と言われたのだ。 治験は新薬で、ある種、人体実験だ。 メリットは、うまくいけば、余命を多少延ばすことが出来、副作用も通常の抗がん剤よりも軽く、モルヒネも併用して使用出来て、身体への負担が少ない、というものだった。 けれども、治験はギャンブルだとも言われ、万が一には、拒否反応を起こして、通常の抗がん剤以上の拒否反応を起こすかもしれないし、 そのまま逝ってしまう可能性もあるのだと、 デメリットも知らされた。 僕はそれを快諾した。けれど、余命が延びれば、その分入院費が増えていく。治験は、ほぼ製薬会社が負担してくれるはずだが、安定した後は、治験は打ち切られる可能性が高い。治験は基本、期限付きだ。 その上で、それを継続するか、中断するか、は、自分次第、となる。が、今まで通りで、継続をしてくれる、という児嶋の言葉に裏があるのは何となくわかっていたが、それが、なにかを確かめることは出来なかった。 僕の治験は成功の部類に入った。 けれど、日に日に時が流れるほど翔は、 それまでに見せたことのない、 自分とのセックスの最中に見せていたのとは 違う色の、妖艶な色気を纏うようになった。 しかも、ずっと垂れ流している状態だ。 まさか、と思うが、心配は拭えない。 僕の焦燥がつけた刻印は、日が経過しても、なぜか色濃く肌に残っていた。最初は消えづらいのか?と思っていたが、それを塗り替えるように強く、別の人物が付け直していることに気付くのに、それほど時間はかからなかった。

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