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揺れる想い Ver.翔

あの部屋にはシャワーがあった。 本来は教授レベルの医師が使う、仮眠室の 一つなのだろう。 髪を濡らすわけにはいかないので、 軽く躰にシャワーを浴びて、児嶋医師と 救命に戻った。 「ごめんね〜、あれこれ手伝ってもらってたら長いこと借りちゃったよ〜。ヘロヘロになるまでこき使っちゃったから、後はお手柔らかに。こっち、大丈夫だった?」 悪びれる様子もなく、しゃあしゃあと言って のける様子をみるに、こういうことは 初めてではないのだろう、と思った。 この病院での勤務をしない学生をターゲットにしているのかもしれない。 「平気。今日は急患少なかったから、 のんびりタイムしてたよ〜。 逆に良かったんじゃない? ここでぼけっとしてるより 有意義に過ごせたでしよ?」 と、そう言った佐川には 「…はい…」 そう答えるしかなかった。 いつものように実習を終えて、外科に向かう。ナースに呼び止められ、 「高宮くん!!柳田さん、少しICUにいたんだけど、さっき、上の個室の方に移ったのよ。 部屋番教えるからそっちに行ってもらえる?」 一つ上の階の教えられた病室のドアの前に立って深呼吸した。 大丈夫、いつも通りでいられる。 そう自分に言い聞かせてから、部屋のドアを ノックした。中からどうぞ、という いつもの柔らかな徹の声が聞こえた。 「着替え持ってきたよ。今、下着とパジャマ 替える?手伝うけど?」 「ごめん、今さっき点滴をいれたばかり なんだ。すぐには無理かな。」 そう言って微笑む。 たぶんこれが、児嶋の言っていた新薬なのだろう。ここは知らないふりをするしかない。 「どうしたの?飯、食べれてないの?」 「違うよ。どうしても完治させる処置は 出来ないから、これ以上の癌の進行を抑える 薬の被験者になったんだ。まだ薬がマッチングするか、わからないけど、いい方向にいけば多少の延命にはなるだろう、って。」 マッチング?聞いてない。そんなこと… 「……被験者…?なんでそんなこと……」 握る手が震えてるのがわかる。 そんなデメリットは聞いていない。 勝手に決めた児嶋と徹に腹は立ったが、 けれど、声には出さないように冷静に 声を絞りだすのが精一杯だった。 「僕はこのままなにもしなかったら、 早々に 死を迎えるのを待つだけだ。 最初はそれで良いと思っていたよ。君が… 翔が僕の前に現れなかったら、 僕はこんなことはしなかったと思うよ。 元々救命医にも、延命処置はしないでくれ、とは伝えてあったし。君への未練を早く断ち切りたいと思っていたからね。 今回、新薬の治験で拒否反応を示したら そのまま逝くことになるだろうけど 薬が合えば多少の延命になるって言われて、 そのギャンブルに乗ったんだ。 僕のシナリオには君との再会はなかったのに… やっぱり、君をみたら死にたくなくなってきてしまったんだ。失敗すればこのまま死ねるし、成功すれば、少しでも長く…君との時間を 大切にしたい。そう思ってしまったんだ…」 胸がチクリと痛んだ。 彼を助けたい一心でオレは身を売った。 自分との時間を大切にしようと、実験台になることを自ら選んだ目の前の愛しい人。 自分たちの行動は正しいのだろうか? 愛する人を抱きしめることしか出来ないが、 徹の体温を全身で感じることが、1番の安心を得られる時間だった。 多少の慰め程度の延命処置だとしても、 もうすぐ……永遠にこの体温(ぬくもり)を感じられなくなってしまう…… この笑顔も、優しさも、柔らかい口調も…… 抱きしめあう喜びも失ってしまう…… 薬があっていたのか、ICUから早々に脱した徹の病状は落ち着いているようだ。 顔色も以前ほど悪くない。 オレも救命から他の科へ転々としながら、 少ない時間でも、面会を繰り返していた。 「試験勉強もあるから、なかなか時間が取れなくてごめんな。」 待ち構えていたかのように、研修が終わると、あの部屋へ連れ込まれた後に、面会に行くので、どうしても面会時間、目いっぱい一緒にいることは出来なかった。 本末転倒な気がするけれど、生きていてくれるだけでいいと思う。その鍵を握られているのだから、仕方ない。 それでも、徹が児嶋に言い渡された命の期限は過ぎた。そこに安堵はしていたのは確かだ。 汚れきったオレを、彼はいつものように、 優しい微笑みで僕を迎え入れてくれる。 「僕はね、人生の最期に人を愛することを 教えてくれた翔に感謝してるんだ。 たぶん、僕はゲイじゃない。 僕は翔だから好きになったんだよ。 君の性別が問題じゃないんだ。 最近、ようやくそれがわかったよ。」 寂しそうにそう言った姿が痛々しかった。 そんな徹に両手を伸ばして抱きしめることしか出来ない自分が不甲斐なくて歯痒い。 「……オレも徹が好き……徹だけが好き…… 徹のためだから…………」 ……ハッと我に帰った。 オレはなにを言いかけた? 「……僕のためだから…なに?」 急に冷えた言葉が頭上から降り注いだ。

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