41 / 114
偽りと刻印 ver,徹
「何かあったの?ここのところ、考え込んでることが多いみたいだけど、何か悩みがあるんじゃない?大丈夫?」
「こんな僕じゃ役に立たないだろうけど
話して楽になれるなら話をきくよ?。」
そう遠まわしに伝えてみるけど、彼は話す気は無いらしい。そんな言葉を否定をして、
「……え?……ん〜……なにもないよ?強いていえば、試験やら、実習も含めて、覚えることが多すぎて、大変ってことくらい。」
大げさに手振りを入れて、そう言って話を
はぐらかす。もっと甘えてくれてもいいのに。
「徹がいてくれるから、頑張れるんだ……」
何を頑張ってるんだろう?
実習?勉強?それとも……
考えてはならない思考が、グルグルと頭をよぎる。彼のこと以外に考えることがないからかもしれない。
ただ、病室にいるだけの僕にとっての世界は
とても広いとは言えないし、逆に、狭くなっているようにも思う。僕の世界はこの病室と、
テレビ、そして翔の存在だけな気がする。
けれど、偉そうなことを言える立場ではない。
彼は僕が望むことの大半は受け入れてくれる。
けれど、彼の子供の頃から大学に入るまでの間のことや、交友関係に関しては、何を聞いても、口を噤んでしまう。
その忙しさや、勉強でも言うほどの成果を出せていないことを僕は知っていた。彼の中では別の問題が発生していることは、明らかだった。
形を変えて、色々と話を繋いで何気なく聞いてはみるものの、薄く微笑んで、大丈夫、と云うだけで、その問題の本質を、翔は応えてはくれなかった。
望みを聞いても、傍で笑っていてくれればいい、と云うだけだ。
一分一秒でも長く、この世に留まってくれたら
それで良いと……
再検査の書類が来ていたのに、検査もせず放置していたこの結果を招いたのは自分自身だと
わかっているが、翔の心が遠く感じる。
「……好きだよ、徹。一番大切な人だからね。」
病気だということを差し引いても、こんなことを言わせるような態度をとったことはない。
……一番ってどういう意味?
彼は病気で人を差別するような人間ではない。優しく、誰にでも平等に接している。
ここの医師、看護師、患者に至るまで、いつも本心からの笑顔を絶やさなかった。
けれど、ここ数日の翔の笑顔はぎこちない。
僕を大切にしてくれている反面、彼は僕がこの投薬を始める前の日……
あの日を境に、どこかで一線を引かれている。
彼は必死で何かを隠してる。
集中力を欠いていたあの数日後、泣き腫らしたような顔をしながらも、必死に笑顔を作り、
日課のように、この病室に足を運んできた。そんな顔をしているというのに、
「え?なにもないよ。薬品が目に入って洗ってきたからかなぁ?そんなに目が赤い?」
声だって鼻声になっていて、明らかに泣き明かした後だ。あの気の強い翔が泣くほどのこととは、一体何なのだろう?
何を隠して、何を護りたがっているのかがわからない。そこの徹底ぶりは流石としか言わざるを得ない。僕の病気のことであれば、主治医の児嶋医師から話があるはずだが、治験は順調だ、としか聞いていない。
なにかを守る為、傷つけまいとする心が、無意識にラインを引いてしまっているんだろうが、彼が甘える仕草で擦り寄ってくる姿には偽りがない。
それに気づけないほど、僕も子供でもない。
愛しくて、触れたくて……シャツの裾に手をいれて、彼の素肌に触れる。それだけなのに躰をくねらせ、息を乱す姿に躰は反応しないのに、脳は彼を求める。肌に唇を寄せてキスをしたり、胸の尖りを甘噛みした後、舌で舐め上げると、表情は甘くとろけ、目を潤ませながらキスをねだる仕草は、艶を纏う。
「君は本当に敏感だね…」
そう云うと、彼は躰と表情を強張らせた。
彼の過去なのか、今なのか、彼を苛み続ける言葉なのかもしれない。気付かない振りをして、そのまま彼を求めた。
誰かの腕の中で、こんなに綺麗な恋人が、僕を見つめるような眸で誰かを見つめ、乱れ艶を纏う……そんな恋人を、他の誰かに見られると
考えるだけで嫉妬で暴れ出してしまいたい衝動にかられる。
一度、自分勝手に捨てておきながら、その上をいく勝手なことを思ってることは百も承知だ。
けれど、彼の肌に残されたくっきりと重ね付けされた刻印に僕は気づいている。
その刻印は、誰がなんの為につけているのか、常に僕を苦しめ続けるのだった。
ともだちにシェアしよう!