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冷却期間 Ver.徹

頭が真っ白になっていた。 息苦しいまま、僕はあの場所から逃げたのだ。自分のどこにそんな体力が残っていたのか…… 僕は勢いよく走っていた。 帰巣本能が働いたのか、それとも習慣だったからなのか、僕はどこをどう走って、そこにたどり着いたのか、わからないまま、検査室の受付までは辿り着いた。 看護師も驚きを隠さず、 「なんで、走ってきたんですか!?」 と聞いてきたが、答えることなんて出来る状態ではなかった。 ……身体的にも、精神的にも…… ハァハァ、と荒い息を繰り返すだけで僕の身体は精一杯だった。もう、残り少ない命を削って、命懸けで走ったのだから…… 「ストレッチャー!!」 「児嶋医師を呼んで!!」 「救命にも連絡!!」 「酸素!!」 様々な声が飛び交っていた。 でも、児嶋は行為を済ませてからじゃなきゃ来ないだろう……あれからどんな風に翔を抱いたのだろう?どんな風に乱れた?やっぱり翔はあの表情を見せてるのだろうか? ……ただ、ただ、悔しかった。 だから尚更、児嶋の顔など見たくもなかった。 途端に息が出来なくなる感覚が躰を走る。 あの時の呼吸困難の前触れに似ていた。 ここで翔と再会したあの日のような息苦しさ… ヤバイ……でも、このまま逝ってしまった方が精神的には楽になれるかもしれない…… けれど、遺していく翔は、どんな反応をするだろう……?他の男に抱かれて(よろこ)んでいる人のことを心配してる場合か? 僕は少し投げやりになっていた。 そう思いながら、視界が傾いて行くのを、スローモーションで見ていた。その後、僕の視界は完全にブラックアウトした。 次に目覚めた時、最初に聞こえたのは電子音だった。バタバタと忙しく歩く足音、指示を出す声……ICUだ。また、蘇生されてしまった…… 左手の温かさで握られていることが分かる。そして、涙でびしょ濡れになっていることも…… 真っ赤に目を腫らした翔が、僕をみて 名前を呼びながら泣きじゃくっていた。 ドキッと心臓が跳ねた。その表情ですら色気を感じてしまったのだ。ただ、あんなことになってる理由は知りたかった。 どうやら僕はあの後すぐに救命に運ばれ一命を取り留め、ICUに運ばれたらしい。いつものICUではなく、救命のICUだ。 呼吸が楽になってると思ったら、肺に直接管を入れ、人工的に呼吸をしているようだ。が、 まだ、心の整理がついていない。翔と会話が出来ないこの状況に感謝してしまう。 今の状態では暴言を吐いてしまいそうだった。翔も知らないとはいえ、児嶋と寝ておきながらてどの面下げて泣いているのか……と、言ってしまいそうだった。 苦痛を減らすために、弱めのモルヒネを使っていたので、意識を保てる時間も限られている。 その僅かな意識のある時間に看護師に怒られ、児嶋にも驚かれ、翔には泣かれたが、どれも右から左に通り抜け、まともになど聞いてもいなかった。頭の中は真っ白なのに、ただ、虚しさだけが躰を支配していた。 『オレは徹の為に………』 翔は以前、そんなことを言っていた。僕のために、なに?と聞き返すと、その先を忘れた、と言った。本当は僕の為に…… ………………僕の為に? 僕の為に児嶋に抱かれているのか? 冗談じゃない!!それで僕がどれだけ傷ついたか、君にはわからないだろう!? 翔は児嶋に望んで抱かれているのか? 僕をバカにしてるのか? 急に思い出される倒れる前の記憶……イライラとした頭の中でいろんな言葉で翔を罵倒した。 一気に血流が良くなりすぎて、急激に血圧が上がってしまい、良くも悪くも、翔は強制的に外へ追い出されてしまった。 看護師は血圧が落ち着いた頃、胃瘻(いろう)の交換のために来た際、意識があった僕を見て、僕が倒れてから合計2日少々……時間にして41時間、 そのうちの処置、蘇生を行った時間を引いて38時間、僕の手を握り、祈りながら目を覚ましてくれと、呟きながら、寝ることもせず、泣き続けていた、と話してくれた。 ますます翔がわからない。 時間が経過したのもあり、頭が少し冷えてきた。どうせ今は呼吸器をつけ、点滴も刺さっていれば、尿道にも管が入っていて、躰も動かない。しかも食事も取れないなら、胃瘻で、鼻から胃に直接、流動食を流し込んでいる状態だ。 ただ横になっているだけでは時間の無駄だ。 救命病棟の、うるさいほどの雑音を意識して起きているのも馬鹿らしい。が、何も音が無いよりはマシだということもわかっている。 幸いにして、モルヒネの力を使って、人工呼吸器の喉の痛みを抑えるために、ほぼほぼ、一日の大半を眠っているような状態で間過ごしている身だ。佐川は延命措置を取らないでくれ、と告げているのに、絶対にそれをしてくれない。 『患者は全て平等なんだよ』 そう言って軽くかわされてしまう。 冷静に考えてみよう……と僕は目を閉じた。 ちょうど、モルヒネも効き始めて、ウツラウツラしてきた。

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