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心の距離 Ver.翔
徹が倒れたというのに、オレはなにをしていた?しかも蘇生処置を受けていたのに……
最悪なことに、『契約』だと言われ、児嶋の腕の中で乱れ悦んでいたのだ。もしもの時には悔やんでも悔やみきれない。
何のためにこんなことをしていたのか……?
これでは本末転倒だ。
たとえ、それが徹を延命させる為の『契約』であっても、心が徹にあったとしても不貞を働いていたのは、紛れもない事実だ。
シャワールームで児嶋の出したものを処理しながら、逸 る気持ちと、どんな顔をして徹の元へ行けば良いのか、を考えていた。
救命の看護師を捕まえて、徹の状態を聞く。
「……残念ながら、今は心肺停止の状態……
今は極めて危険な状態よ。佐川先生が全力で蘇生にあたってるけど、万が一も覚悟してね。
検査室の人の話だと、なにかから逃げるように全速力で走ってきたらしいわよ。
あの身体で、よくそんなことが出来たのか不思議でしょうがないわよ。なんでそんな無茶したのしら……?」
全速力……いったいどこから走っていった?
まさか……? 嫌な予感しかしない。
ここで諦めるしかないのだろうか……
このまま逝ってしまったらどうしよう……
最期になってしまったらどうしよう……
話したいことはたくさんあるはずなのに……
なんのためにあんなことをしたんだろう……
ただ、祈ることしか出来ない。
せっかくの医大生だというのに、何もしてあげることが出来ない。こんな自分が情けない。
……見てることすら叶わない……
こんな時に、児嶋と『交換条件』『契約』で寝ていたなんて……
徹はこんなことは許さないだろう。
このまま、徹が逝ってしまったら、児嶋との関係を断ち切ることが出来るだろうか……
『僕は君にそんなことまでさせてまで……
生き延びようとは思っていないよ?僕が生きてる間は、君は僕のものじゃなかったの?君がそんな気持ちなら…他の男に抱かれて悦んでいるなら僕はもう、君のそばにはいられない。今度こそ本当のお別れだね。児嶋先生とお幸せに。
今までありがとう。さようなら。』
はっ、と目を覚ました。動けない自分が遠ざかる徹を追うように手を伸ばして、何も掴めない空間で、その手を見つめて開いていた手のひらを握る。その拳を胸に当てて、目を閉じた。
蘇生を待つ間に、いつの間にか廊下のベンチでうたた寝をしていた。起こされなかった、ということはまだ、続いている、ということだ。
良い方向に向いてくれている、と思っている。
呼ばれて遺体と対面、なんて結末は嫌だ。
こんな怖い夢を見るなんて、洒落にならない。
どうしよう……これが、頑張っているはずの、徹の本音だとしたら……
腕時計を見ると、さっき看護師を捕まえてから約2時間、経過しようとしていた。
「高宮くん、一応、柳田さん、蘇生してICUに移ったんだけど、まだ、意識は回復してないの。まだ、予断を許さない状態だけど、いつ、容態がおかしくなっても不思議じゃない状態だけど……でも、会ってみる?」
気を使ってくれた看護師に感謝して、徹のベッドの脇に座り、何本もの点滴を刺し、鼻からは胃瘻を施され、強制的な呼吸器をしたすっかり痩せてしまった寝顔を見つめ、再会したあの日のように、点滴が少ない方の手を握り、ICUということもあり、小さな声でひたすら名前を呼びながら、目を覚ましてくれ、と願う。
死ぬ直前に見ると言われる走馬灯のように、色々な思い出を思い出し、思わず泣けてきてしまう。どんなと時も笑顔で泣き言ひとつ言わない、お人好しの徹……
さっき見た夢のように、自分と児嶋との関係を知ったら、このまま、息を止めて、死を選んでしまうんではないか?それほど儚い。
そんな不安に駆られながらも、今はまだ覚悟ができていない。もう一度だけでもいいから、徹と話したい。
「……ごめん……ごめん……頼むから、目を覚ましてくれ……徹……徹……」
それから、二日後に徹が目を覚ますまで、ひたすら手を握りながら、祈る時間が呪いのように、続いたのだった。
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