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掬われた足元の正体 Ver.徹
あっという間に気を失ってしまった翔を抱きしめながら、彼の身体をなぞる。温かい体温、穏やかな寝息、それが見れる時間は後わずか……
寝顔まで綺麗だな、と思う。整った顔立ちに長いまつ毛……静かな寝息をたてている彼を見つめているのは、切なくも安息の時間だった。
離れたくない。いつまでもそばにいたい。いっそ、誰かに奪われるくらいなら、殺してしまおうか?なんて物騒なことを考えてしまう。
面会時間が終わりそうなギリギリの時間で、翔は目を覚まして、泊まって行けばいいのに、という僕を制して、病室を出た。
『また、明日』
そう言って。明日があるのかどうか分からない身ではあるが、翔は信じて、明日、と言った。
ところが、部屋を出たはずの外から、翔の気配が去らないのだ。静かにドアに近づき、聞き耳をたてた。たまたまドアにぶつかったタイミングで、反対側からも音がした。
おかげで、こちらが近づいたことを知られず、ドアの向こうからは、小さいけれど、警戒した翔と、そんな翔を脅すような口調で、嗤ってるのがわかる。
ドアの音に反応を示さなかった僕が、既に寝てるとは、二人とも思ってはいないだろう。少なくても児嶋は気付いているのだろう。わざとドアに翔を追い詰めて、児嶋は翔に迫り出した。
「……本当にいい表情 をしてたねぇ。2人でイイコトしてたんだ?仲間に入れて欲しいくらいだったよ?」
「……な……なんのお話ですか?」
「あんな色っぽい表情 して……あの場で押し倒してしまいたくなったよ。あの場で我慢出来た私を褒めて欲しいくらいだ。」
「こっ……公共の場で、何を仰っていらっしゃるんですか……?」
「……場所を変えれば良いのかい?例えば……後ろの病室の中で、っていうのはどうかな?
「なっ……!!……なんの脅しですか?」
翔はそれを制しているが、 この病室に入って、僕の目の前で、翔を犯したら、僕がどんな表情をするだろう?と言いながら下品に嗤った。
顔なんか見せる前に殺してやる。お前の所為で僕たちがどれだけ苦しんでるのか知らないだろう?面と向かって言ってやろうか?と思いながらも、会話は続いていた。
「契約を忘れたわけじゃないだろう?夏休みだって例外じゃない。なのに、君は私を避けてるじゃないか。契約は破棄かい?」
「……わかりました……どこに……どこに行けば良いんですか?」
「物分りのいい子は好きだよ?」
その中で、『契約』という言葉を何度も言われ、その言葉に翔は抵抗をやめた。
そこにひどく執着していることが伝わってくる。が、ここの医師にツテなど作るようなタイプの男ではないし、大学でも好成績で、自分の大学で医師になることを望んでいたはずだ。
なにか大きなミスでもしてない限り、足元を掬われるような人間ではないはずだ。
刹那、最悪の答えが頭を掠める。
「……………っっ!!」
僕は声をあげそうになった。
翔の足元を掬ったのは、僕の存在だ。
全てが一本の線で繋がった。
確実な答えだと確信してしまった。
2人の気配が去ったあと、僕はひたすら泣いた。
やはり、僕は足枷になってしまったのだ。
この治験自体が翔を脅す材料になっている。
彼の躰がこの個室料金になっているのだ。
彼の身体が僕の治験で、延命処置をし続けること、というのが、たぶん『契約』なのかもしれない。それなら、全ての辻褄 が合うのだ。
泣くだけ泣いて、落ち着いた頃、僕は学生時代からの悪友に一本の電話を入れた。
「…久しぶり、悪いな。こんな時間に。ちょっと頼みたいことがあるんだ。早急に頼む。僕にはもう、時間がないんだ。」
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