57 / 114
最後の選択 Ver.徹
――翔からメールが届いた。
4日間、児嶋と一緒にいたのだろうというのは、あの時の会話からして容易に想像出来た。
一緒にいた、は、語弊があるかもしれない。
正確には拉致監禁されていた、というのが正しい表現かもしれない。
僕のいる病室の近い休憩所から、病院近くのコンビニへ続く道が、窓から見ることが出来る。
案の定、ちょうどコンビニへ入っていく翔が見えた。ここ数日、消灯前のこの時間は、窓辺のベンチに座って窓の外を見ていた。
出てくるタイミングを見計らって、電話をかけると、一瞬、躊躇した姿を見せたが、通話ボタンを押してくれた。
『……もしもし?』
電話の向こうからる聞きなれた、優しい声色で電話に出る翔の声がする。
つい口を滑らせてしまったが、
「躰、だるくない? 今、大丈夫?」
児嶋に散々な目に合わされたであろう翔を、気遣いながら通話を続けられるか、確認する。
『今、外だけど、コンビニから帰るとこだから平気。』
知ってるよ。今、君の姿を見ているんだから。
「メールありがとう。明日、逢えるのを楽しみにしてるよ。ただ、明日は検査で、ほぼ一日がかりだから、夕方なら病室に戻れると思うよ。」
窓から、君の姿を見ながら通話をしていなかったら、何を吐き出していたか、わからないだろう、と思いつつ、ゆっくりと歩く翔の姿を見つめる。
『うん、わかった。徹の体調はどう?なんか変わったことはない?』
「ん?……特にはないよ………そうだなぁ……
児嶋先生が夏休み、って病院にいないのもあって静かだったよ。」
――それを僕が知らないと思っているのは翔だけだよ?
嫉妬で煮えくり返りそうな腹の中から少し漏れたように、口調が少し、冷たいものになってしまう。翔は気付いてないだろうが、軽く傷ついたアピールをしてみる。
『…へ…へぇ、そうなんだ。』
少しは何かに気付いてくれただろうか?
『柳田さーん、そろそろ病室に戻ってくださーい』
看護師の声がする。何故、部屋で電話をかけなかったのか?問わせない。
「ごめん、見つかっちゃった。また明日ね、楽しみにしているよ。おやすみ。」
急いでる風を装い、即座に切ってしまう。
何かを知らせて欲しくない、という気持ちが強かったからかもしれない。
一方的な電話だったかもしれないが、彼も相当疲れているだろう……不本意な行為だとすると心労も半端ないはずだ。
自分たちは思いあっている……だからこそ、下心のある児嶋に心までは売り渡していないはずだ、と信じたかったからだ。
――そうでなければ自己犠牲の辻褄が合わない
翔が児嶋を好きになる理由がないのだ。
むしろ、傍目から見ても嫌ってるようにしか思えない。彼の過去を考えると、簡単に躰を開くわけがないのだ。
お互いに離れたくない2人が、少しでも長く
一緒にいたいと、それを願った。
その方法がないわけではないが、それには
リスクを伴う。
児嶋の一方的に押し付けたものだとしても、
その交換条件を背負ってでも、時間を作りたかった、作ってくれた翔。その交換条件を知らずにぬくぬくと生かされた僕。
このまま死を待つか、治すことの出来ない病の進行を遅らせることが出来るなら、と、翔と再会してしまったが為に、死ぬことが怖くなった僕は、確かにそれに縋りたかった。
けれど、犠牲の伴う生にしがみつく必要があるのだろうか?それは献身的なんて綺麗な言葉で言い表せるものじゃない。
けれど、逆の立場で考えてみたらどうだろう?児嶋の食指が僕には動かない、ということはさておき、同じ立場に立たされたら、同じ選択をしていたに違いない。
「…ふっ…ははは…」
バカみたいだ。ベッドへは入ったが、その夜、僕に眠りが訪れることはなかった。
ともだちにシェアしよう!