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現行犯 ② Ver.翔

この日は午前から手術の見学が入っていた。前立腺がんの腹腔鏡手術だった為、時間がかかっていたが、オペの時間は予定時刻を過ぎてもまだ続いていたが、そんなことはよくある話で、そのオペも、無事に終了した。 そこまで見学をして終えた時にはお昼をはるかにすぎていた。それも、よくあることなのだが、食堂にはちらほらとしか人はいなく、腹腔鏡とはいえ、術後すぐの時間帯は、さすがに食欲は落ちている。自販機でパンとコーヒーを買い、食堂の隅に腰を下ろすと、待っていたと言わんばかりのタイミングで、児嶋に腕を引かれた。 油断していたとはいえ、立ち上がる間も与えられず、たたらを踏んだ状態のまま引きずられるように、食堂から連れ出され車椅子に座らされた。そこで我にかえったオレが声を出そうと息を吸おうと口を開いた瞬間、濡れた布で口と鼻を塞がれた。勢いでそれを吸い込んでしまい、薬剤の匂いが喉に拡がった。 ――ヤバイ…… そう感じた時には、躰から力が抜けていく。たぶん、筋弛緩剤の一種だ。完全に力が抜けるまで塞がれていた布を外された時には、もう、1人で立てる状態ではなかった。 動けずにいると、手早くポケットへ布をしまいながら、今度は、そこから出した小さな注射器で、すでに注入されていた、何らかの液体を、手早く打たれた。こういう時、外科医というのは性質が悪い。手際が良すぎるのだ。 少量のそれは、予測でしかないが、麻酔薬の類いだろう。大した量ではないから、本気で眠らそうとはしていないのだろう、ということは想像がついた。 けれど、睡眠薬や麻酔に慣れてない身体に、そんなものを打ち込まれてしまえば、意識が混濁してくる。 とりあえず、こちらが抵抗も口論も出来ない状況を作り出したかったのだろう。それはそうだ。車椅子に乗せられて、わめき立てられたら、困るのは児嶋本人だ。 下手に児嶋を避け続けた結果、相手を追い詰めてしまったようだ。それを今さら気付いたところで、すでに状況は最悪になっていたのだった。 運がいいのか、悪いのか、かろうじて、うっすらと意識がある分、自由にならない自分に焦りが生まれてくる。 案の定、連れてこられたのはあの部屋だ。 ――怖い!!!!! なにも抵抗すら出来ない今の状況が怖くて仕方なかった。ベッドに移され服を脱がされながら、喉元に唇を落としてくる。 「……嫉妬に狂いそうだよ。私以外には、あんなにも素敵に微笑むのに、何故、私には冷たいんだ?」 狂気を滲ませた目が怖い。荒い息をはきながらそんなことを云う、今更、こんな男に抱かれたいなんて思わない。 ーーー助けて!!!! 心の中の叫びは誰に届くわけでもなく、自分の中だけでこだまする。 ガチャリ その時だった。無機質な、金属音が部屋に響いた。

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