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目指すべき人と

「……はあ?……あああああぁ?!」 急激に記憶が甦ってくる。引っかかっていたことがすべてクリアになった。 そうだ。徹に頼まれた連絡先の一つがたぶん、この男の名だ。 確かに、あのメモには、唯一、この人物の下の名前の記載はなかった。 その奥山が、まさか、あの奥山敬吾だったとは… 「うっせえっっっ!!いきなりでかい声出すな!! やぁーっと思い出したか。おまえ、俺の講義にも出てるくせに、なんで気付かないかな。携帯の番号だって知ってる仲なのに、おまえ、そんなんで記憶力、大丈夫か?」 この顛末も、もしかしたら、柳田の予測範囲内だったのかもしれない。オレはこめかみを揉みながら 「……携帯の番号なんて、知りませんよ。確かに、彼からは連絡するように頼まれましたからね。オレの携帯から連絡はしましたが、番号登録なんてしてませんよ。それに、番号のメモは柳田さんのお姉さんにお渡ししたので、オレのところには、もう残ってませんよ。馨さんの連絡先は登録しましたけどね。」 本気で頭が痛い。嫌味の一つでも言わなきゃ治まらない。薬の影響もあるだろうが、2人だけで話すのは初めてのことだ。それなりに言葉を選びたいのに、この口調で話されると、どうしても調子が狂う。 「つれねぇなぁ。俺は登録したぞ。他の学生への自慢になるからな。かけてやろうか?それで、俺の番号を登録しろ。」 どうして、この人は、こうも上から目線で、言葉を発するのだろう。教師と生徒だから、仕方ない部分もあるが、言葉のチョイスが汚すぎる。オレの携帯番号を知っていることが自慢になることなどはないだろうが、弱みを握られた気分にはなった。 「なんの自慢ですか?けど、間違っても、ばら撒かないでくださいね。知らないやつからの電話なんてきた日には、番号変えますからね。」 ……この人に憧れて、無理を言って今の大学を選んだはずなのだが、なんか、スッキリしない。教師とはいえ、知らない間に携帯の番号を登録されていたのも不愉快だし、一方的に知られているのも不愉快だ。授業の時は豆粒みたいな位置にいたから、顔なんて覚えてなかった。 大学で教鞭をとっている、オレの目指す場所にいる男。先輩としてはすごい人だと思うが、この口の悪さと、雑な感じが、人として好きになれる気がしない。 論文を読んだ時には、こういう人物像までは想像出来ていなかった。間違いなく、論文は素晴らしいものを仕上げてくるのに、だ。 徹とは、対極線上にいる気がしてならないのだ。何故、徹と友人なのかが掴めずにいた。 「ーーところで、俺は坂木教授になんて報告すりゃいいんだ?もしかしたら、あっちの病院からは、すでに連絡が入ってるかもしれないが、素直に話したら大問題だ。 おまえはどうしたい?」 不意の問いに戸惑った。 「……児嶋先生の話を洗いざらい全てを素直にする気はありませんし、こんなことを知られたところで、オレは女じゃありませんから、大きな事件にはならないでしょうし。 逆に恥だと言われて、自分の首を絞める気がしますよ。児嶋先生に脅されていた、程度の話まででいいと思います。そっちの方が逆に辻褄が合う気がします。」 そう告げると、真剣な表情で一言だけ 「……辻褄……そうかもな。」 と言った。 坂木教授の研究室に着くと、一通りの報告をした。やはり、先方からの連絡は入っていて、ほぼ、今回の一件のことは報告やされていたが、児嶋がストーカーとなり、誘いを断り続けた結果、児嶋に薬を盛られて、襲われかけた、といった内容だった。 「君の実習先変更の理由はこれだったんだね。男でも美人だと、不必要な苦労があるんだな。君は勤務医になったら、患者にも人気が出るんだろうが、同時に危険人物にも狙われやすい、とも言えるんだな。やはり、研究室に残った方が安全なんではないかな?」 そんなことを言われたが、そこはまだ、自分でも悩んでるところだ。大学に残ったからといっても、狙われる、といった状況はかわらないだろう。 そこは曖昧に躱しながらも、この先を問うと、坂木は来週から、実習に入れるように手配をしてくれるという。今週はとりあえずの休みとなった。

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