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何故だと思う?

教授の部屋の前に立ち、ノックをするとすぐに返事が来たので「失礼します」と坂木教授の研究室へ入ると、奥山の姿もあった。 どうやらオレを嗅ぎ回る不審者情報が、とうとう教授の耳にも入ったらしい。そして、告げられたのは、案の定であり決定的な言葉だった。 「数日前に児嶋医師が釈放されたと、今頃になってあちらの病院から連絡が入ったんだが、君は今、不審者に身辺を探られているそうじゃないか。児嶋医師との関連はつかめていないのが実状でね。他の生徒にも悪影響だから、警察に周辺のパトロールは申請しているところだ。 そこで、だ。児嶋医師が派遣先に移動をしたとの確認がとれるまで、君の送迎を奥山くんがかって出てくれたわけなんだよ。取り敢えずの処置だが、なにぶん、情報を漏らす訳にはいかない事情もあるので、従ってもらいたい。」 お願いというよりは命令だな、と、思いながらも、受け入れるしかない状況なのは明白だ。 ついでに警察にアパート周辺のパトロール強化もしてもらうこともお願いしてもらいたいくらいだ。 手紙のことの不安もあったが、そちらは奥山に相談してからの方がいい、と判断した。 どうせ、車の中での会話に困るだろうし、そこから切り込んでみるのもいいかもしれない。 実際、心も弱っているのも現状だ。 あの状況を見られているのだから、逆をいえば彼にしか相談は出来ないのも事実だった。 「どーしようもねぇ野郎だな」 完全に呆れた口調で言いながら、奥山は2本目のタバコに火をつけた。 「中身を見た瞬間に、完全にあの人がストーカーだと確信出来ちゃいましたけどね。」 「とんでもねぇやつに好かれるって大変だよな。でも、自宅が割れてるってのは、危ねぇんじゃないのか?」 「今のところは手紙の投函だけで、 姿も見せませんし、実害はありませんけどね。ところで、先生は外見だけで他人の価値を判断したり、好きになったことはありますか? オレはありません。」 「あー?、なるほどな。どのレベルかにもよりけりだろうが、確かにお前、アイドルみたいな顔してんもんな。」 いちいち気に障る言い方をする。その言われ方は好きではなかった。 「でもな、人なんて、だいたい第一印象から入るもんだろ? そこで好感が持てたら、相手が気になる。 芸能人ならファンになるだろうし、身近なら大なり小なり好きになったっておかしい話じゃねぇんだよ。 けど、その段階じゃ相手の良さは見えても、悪いところは見えてねぇ。付き合ったりして見えてくる部分もあれば、同棲や結婚といった、一緒に生活するまでわからねぇ部分だってあるんだよ。所詮は他人同士だ。 だが、そこまでに至って気に食わないところが、どんどん膨らんで嫌になって別れるやつなんぞ、五万といるんだ。 おまえだって“何で人は存在してるのか?”なんて、くだらねぇ考えは持ってねぇだろ。生物は基本、子孫繁栄の為だけに存在してんだよ。世の中の生き物の中で、生涯のつがいを選ぶ生き物は少ない。生涯一人だけ、なんて人間だって絶滅危惧種並みに希少な存在だろうよ。 オスは少しでも多くの遺伝子を残す本能が組み込まれている。だから、浮気なんてもんが存在するし、複数のメスと関係をもつ。メスは、より優秀な遺伝子を嗅ぎ分けて、それを残そうとする。それが自然の摂理だ。人間だって同じなんだよ。 マイノリティだから違うということもねぇぞ? メスを見つけられないオスが、間違ってオスに突っ込むって動物だっている。キリンがよくやるらしいけどな。アイツらのセックスなんて一瞬だから、良いのかすら、わからないけどな。それでも立派な性行為だ。 生涯のつがいを見つけて添い遂げる生き物は、オスとメスでなければ絶対に子孫繁栄は出来ない。けれど、同性愛は存在する。日本では特に歴史の古くから存在する。何故だと思う?」 タバコを咥えながらニヤリと嗤う。答えに詰まり、その横顔を見つめ続けた。

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