71 / 114

嫉妬の対象

翌日の夕方も、いつものように奥山の車で帰宅をした。 奥山は周りを気にしながら、あとをついて来る。後をついてくる、といっても、ほぼ横並びだ。ガタイの良さなら、児嶋に充分勝っているのだが。 ――SPか?はたまたSS(シークレット・サービス)か? と思うほどの……というか、突っ込みたくなる集中力だ。頼もしい限りだな、と思う。柔道でもやってそうな身体付きのクセに、繊細な手術をこなすのだから、手先は器用だ。この男の技術にオレは惹かれている。 集合ポストへはいつものように、白い一通の封書が投函されていた。 家の中で、内容に目を通してから帰るという奥山と、部屋の前に立ったが、鍵を開けようとドアの前に立ち、オレは目に入ったものに「ひっ!!」と、小さく悲鳴を発してしまった。 ドアノブにも、鍵穴の周りにも大きな傷が大量につけられていた。ドアノブを回してみるが、開いてはいない。ピッキングをするにしても、鍵穴の方はともかく、ドアノブはそれを隠せるものでもないのに、この傷の付け方は、思いの外ついてしまったピッキングの跡を、ピッキングだけだと思われないように、わざとつけられたものだ。 「ストーカー野郎、こっちが考えてる以上にヤバイかもしれねぇなぁ……おまえ、しばらくウチに来い。」 「イヤです。」 「即答かよ!!」 「だってお世話になる理由がありません。 ……って、徹!!」 はっ、と頭の中に浮かんだ、家の中の彼のスペースが急に気になり、気持ちが焦り出してしまった。 早急に、鍵を無造作に開けて、そのまま部屋に滑り込むように入った。 「あっ!!バカ!!」 そのまま奥山もあとを追うように室内に入る。部屋の中は薄暗く、電気をつけながら、部屋の隅へ走った。遺灰と遺品を確認して、腰が抜けた。 「………良かった……無事で……本当に……良かった……」 何度もその言葉を繰り返しながら、オレは遺灰の入った小さな壺を胸に抱きしめたまま徹が無事だった安心感から涙が出てしまった。呆れ顔で その一部始終を見ていた奥山が怒鳴り出す。 「…おまえはバカか!! もし、ストーカーが部屋に潜んでいて、万が一のことがあったら、殺されてたかもしれねぇんだぞ!! 無防備にもほどがある!! いいか、よく聞け。お前にとっては確かに大事なものかもしれねぇが、死んじまったあとの亡骸の灰なんぞ、所詮はただの粉だ!! てめぇの命と引き換えになるようなもんじゃねぇんだよ!! そんなに大事なら墓に戻せ!! 馨さんに還せ!!そこならさすがのストーカーだって手出しはしねぇだろ。 ヤツはあっちに興味はねぇんだ。ただし、おまえの手の元にあったら、その大事な灰は、間違いなく嫉妬の対象だ。 柳田はおまえにとって、そんな危険な存在になるくらいなら、おまえを守る為なら、ばら撒かれる方をとる。 あいつを……柳田を舐めんな!!」 涙を拭うことを忘れたままで、ゆっくりと奥山を見上げる。よほど頭に血が上っていたのか、ハァハァと息を切らせながら真っ赤な顔をしていた。 そう。奥山の言うとおりだ。 オレは返す言葉が見つからなかった。ただ、涙で霞む目で奥山を見上げながら、一つ。 「…すみません。巻き込みついでに、一つ…お願いをしたいことがあります。このストーカー被害がおさまるまで、先生のところでも、学校でもいいんです。彼の物を避難させたいんです。オレも頭を冷やすのに、別の場所で…一度、この部屋を離れてみようと思います。 けど、そんな予算はないから、学校に泊めてもらうか、先生のところに泊めてもらうしかないんですけどね。」 そう言って微笑んでみたが、泣き顔で微笑もうとしても、イビツに顔が歪むだけだった。 そして、封筒を開ける奥山と、荷造りを始めたオレはその手紙の内容に驚愕することとなる。 『今夜、迎えに行くからね』 「その辺に散らばってる本はうちにあるから、最低限の荷物をまとめろ」 服や布団などを含め、それなりの荷物になったが、奥山は車をアパートの前に停めて、ちゃっちゃと運び出してしまった。 施錠をして、アパートを後にした。

ともだちにシェアしよう!