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不安定なバランス Ver.奥山
手負いのヤマネコのような男を、学生時代からの友人の柳田に、自分の代わりに守ってほしい、と託された時、俺の頭の中を、あえて表現するなら、嵐のような暴風が吹き荒れていた、というのが正しい気がする。
ここ4年ほど、彼が入学したての頃から、誰が告白をしても落とすことが出来ない『難攻不落のプリンス』と噂される男がいる、と有名な噂があった。
『プリンス』などという通り名がつくほどの美男子は、どんな男か、と軽い興味を誘った。それに相応しくないような外見なら、鼻で笑ってやろうと思うくらいには。
探す手間も必要もなく、その人物を見つけるのは簡単だった。まず、最初に目にしたのは俺の講義に参加をしてきた時だった。数ある外科の中でも、心臓循環器外科に興味があるのだと、生徒同士で話しながら歩いている時だったか、すれ違い際に耳に入った。
この学部にはありがちな華奢な体つきをしていたが、背は低いとは言えないだろう、少し茶色めの髪は、本人に一番似合うように少し長めに整えられ、170センチは超えている身長。185センチの俺からすれば低いが、それでも低い方ではない。
整った二重のはっきりした目に、細く高い鼻梁、上唇は薄いのに、下唇は少しふっくらとしている、男性に使う表現ではないと思うが、彼は美人だった。だからと言ってナヨナヨしい雰囲気を醸し出すわけでもなく、表舞台に映えるであろう、芸能人的な雰囲気を纏っていた。華があり、存在自体が目立つのだ。
ただ、どこか影を感じさせる何かを背負っている。そんなミステリアスなところも加わり、男女問わず告白を受けているらしいが、誰一人、その男を落とせた者はいない。
だからといって、誰かと交際することもない。
うまく、のらりくらりとかわされて、恋愛に発展しなくても、つかず離れずで、挨拶くらいは軽く交わす相手となる。誰か限定の相手といつも一緒に居る訳では無いが、完全な孤独を作り上げる男でもなかった。
それがきっかけで、話せるようになったり、友達になったり、と気まずくなることもないようだ。他人を覚えるのも得意なようで、1度告白された相手を覚えていて、名指しで挨拶をするほどの、なかなか食えない相手らしい。
そんな男が気になりだし、いつの間にか、窓の外に、廊下でも、彼を見つけると目で追うようになってしまった。俺も学生と変わらないじゃないか、と笑ってしまう。個人的に話したことすらないのに、不思議なものだ。
俺は医師免許をとった後、前後期研修医を経て、病院勤務もしているが、最近、兼任講師として、大学に戻って来ていている身ではある。まだ、奴らと同じ20代だ。
その『男』を落としてみたい、そんな衝動に駆られるほど、綺麗な顔立ちに、八頭身のスタイルの良さは、他の学生の群を抜いていた。
ラフなTシャツにデニムのパンツに安物のジャケットを羽織ってるだけでも、雑誌から抜け出してきたように、颯爽と歩いている。学生だけではなく、スカウトも黙ってないだろう、と思うほどだ。
変化が現れたのはそれからしばらくした頃、大学も4年生になれば忙しくもなってくる。就活がない分、そちら方面では忙しくはないはずだが、実習に向けての勉強と、学校の授業に追われている頃だ。ところが、彼が持つ独特の刺のある雰囲気が僅かに薄れ、そのうちに妖艶な色気を纏うようになった。
あれは、誰かを抱いたんじゃない、誰かに抱かれたんだ。
自分と同じマイノリティを持っていることに、驚きと、嬉しさが湧き上がるが、反面、他の誰かに落とされ、抱かれたのかと思うだけで、胸の中がモヤモヤし始め、その時に激しい嫉妬が自分の中に渦巻いていることに呆然とした。
いつの間に、そんなに本気になっていたのか?と。
気付いた時には、喉から手が出るほど、欲しいと思う相手になってしまっていたのだ。
相手を確かめたくて、週末に後をつけたこともあった。その目線の先で、俺の友人と見たこともない表情で、蕩けるように笑う高宮の顔を見た。
ノンケの柳田が高宮を落とした?
それとも逆か?
いやいや、それ以前に、2人はどこで知り合ったのか?
聞きたいことは幾つも浮かぶが、その場で2人の幸せそうな姿を見送り、すっかりと毒気を抜かれて立ち尽くしてしまったのだった。
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