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不安定なバランス 2 Ver.奥山
実習になれば話す機会もあるだろうとタカを括っていたが、彼はほかの病院に実習に行ってしまい、大学で見かける回数も減り、ますます、彼への思いを募らせていった。
――自分らしくもない。
そう思っていても、感情をコントロールするのは至難の技だ。人の感情なんて、表と裏があってあたりまえなのだから。
まだ、実習が始まって数ヶ月だというのに、息詰まってきていた頃、急にそのモヤモヤの原因である柳田から連絡が入ったのは、あの2人の仲睦まじい姿を見せつけられた夜から、半年以上も経過した夏の暑い日だった。
よりにもよって、
『高宮翔の生い立ちを知りたい』
とぬかして来た。
高宮翔本人は、過去を決して口にしない。知っているのは、両親と、弟が二人いることのみだと言う。
家族構成と出身地くらいは、大学の資料で調べられるだろうが、生い立ちまではわからない。
講義を取っている生徒とはいえ、そんな話もなければ、雑談もしたこともないし、何と言っても1対1で話したことすらないのだ。そんな踏み込んだ話をできるわけもなく、1度は断ったのだが、費用は出すから、興信所を使ってでも早急に調べろと、ヤツにしては珍しく、強引なやり方でも構わないから聞き出して欲しい、と言ってきたのだ。
しかも自分には時間がないから早急に、と言い出す始末だ。なにごとかと早急に調べさせた結果、色んな意味でとんでもない事が判明した。
心臓に穴が数ヶ所空いた状態で生まれ、幼少期は、体も弱く、入退院を繰り返していた。小学校に上がる頃、その穴も無事に塞がったかと思えば、小学生の頃に、誘拐未遂が男女問わず8回、最終的には、1度連れ去られて、全裸撮影まで経験済みだ。ネットに上がっていて、半泣きの状態で、縛られ、足を開かされた写真が添付されている。それとほぼ同時期だろう、小学五年生の頃に1人目の弟が生まれている。
中学にあがると、今度は学年が変わるごとに、担任の男性教師に、ことある事に、体を触られ、強姦未遂が数回。学校では生徒やほかの教師に見つかり、3年生の時の担任には、何らかの準備で学校に残され、遅いから送る、と言葉巧みに車に連れ込まれ、関係を迫られた時には、巡回中の警官に見つかり、未遂で済んでいた、と書かれていた。その頃に二人目の弟が生まれている。
高校生に上がって、最初に出来た友達と、仲良くしていたが、入学して2週間後には、その友達と、その仲間に輪姦された挙句、校内で売春まがいのレイプをされていた。進学校とは名ばかりの、教師も一緒になって、生徒を買春していたというのだから、目も当てられない。
2人の弟は父親似で、翔とは比べ物にならない華奢とは程遠い体型に、笑ったらなくなってしまいそうな細く一重の目、団子のような鼻に大きな口は、何でもよく食べると容易に想像できる。将来は力士か?と思えるほど、体型もそちら側だ。まるで、翔はそこの家の子ではないのではないか?と思うほど、弟達とは違う容姿をしていた。
そして、それを依頼した柳田も、資料が揃ったから、と連絡をしてみれば入院している、と言う。しかも、高宮が実習に行っている病院だ。
病院に呼び出され、病室を訪ね、再会してみれば、余命わずかだと言い出す始末だ。興信所で調べられた情報も酷かったが、さらに追い討ちをかけるように、高宮は、恋人である柳田の為に、人身御供になっているかもしれない、と柳田に言われて、眩暈がした。
現在、柳田が使用しているのは、軽度の拮抗剤の治験で、副作用の問題をどれだけ克服できるか、進行をどれだけ遅らせられるか、寿命がどれだけ伸ばせるか?という人体実験だ。運良く、治験は成功し、余命を伸ばすことが出来たのをいいことに、それを使用し続けるに当たって、主治医である児嶋が、高宮翔を脅しているらしい。
そのMRは有名どころのヤツだったが、ソイツがその脅しに関わっているとは思えなかった。
柳田は、俺を呼び出した理由をポツリ、ポツリと話し出す。柳田は投薬を辞め、宣告されていた余命を過ぎてまで、『愛する人』と一緒にいたい一心で生きてきたのだが、他人の、しかも、自分が愛した人を犠牲にしてまで生きたいとは思わない。だから、愛する人を護って欲しい、と言われた。
その時は、少し複雑な心境ではあったが、わざと柳田を挑発した。『愛する人』という台詞が、ハマり過ぎてるのが少し腹立たしかったから……だと思う。
けれど、柳田は俺がゲイだと知っていて、友達をしてくれている希少な人間だ。自分の愛する人を託すに値すると判断してくれたのだろうか?それとも、自分の肩書きが、彼の目指すところだから、なのだろうか?
けれど、この男は、まだ、知らない。俺が高宮に惚れてることを。恋焦がれ、あれほど欲しかった相手に近づくチャンスをくれたことには感謝をするが……
良かったのは柳田には食指は一切動かなければ、ヤツもかつてはノンケであったことだ。
けれど、この目の前の男は、俺の好きな男を、誰もが憧れる美青年を手にいれて、抱いていたのだ。
それは何故なのか、は、不思議だったが、こちらの性癖を知った上で、俺に助けを求めるなら、俺が食っても良いのか?と言っても、それは、高宮本人が選ぶのであれば、文句はないと言い放つ。
学生ですら落とすことが出来ない、『難攻不落のプリンス』を、口説き落とすのは、相当な骨がおれそうだ。攻略方法を教えろ、といえば、正直に素直でまっすぐに対峙すれば、少しずつ心を開いてくれるだろう、と曖昧なヒントを出すだけだった。
「出来ることなら、奥山のそばで生きてほしいな。翔は優し過ぎるから、変なのに騙されやすいんだ。奥山くらい物事をハッキリと言える人が必要なんだよ。
心臓循環器外科が希望だって言ってたから、その部分では僕の願いは少なくても叶いそうだね。なんだか、自分がいなくなるっていうよりは、花嫁の父ってこんな心境なのかな?って感じだよ。僕は翔に幸せになって欲しい。でも、それが出来るのは僕じゃない。僕でありたかったけど。」
そう言って、少し寂しそうに微笑む柳田の表情は、いつも通り穏やかなものだった。が、
「僕が言うのもなんだけど、僕は彼が医師になることの足枷にはなりたくないし、目指すところに脇目も振らずに突っ走っていってほしい、そう思ってる。
それと、彼が心の底から愛し、愛される相手、絶対にそうなれる相手が見つかるはずだから、せめてそれまでは、それまででいいんだ。僕のわがままを聞いて欲しい。」
彼を守ること、それを願った柳田が、執着と嫉妬で俺の知らない狂気の顔を覗かせる。
「彼が望まない相手と、また繋がるような事があったら、彼を迎えに来なくてはならなくなるからね。相手も出来るものなら、呪い殺してしまいたいと思っているよ。」
背筋が冷たくなるようなその目に、俺は体が竦 んで返す言葉すら見つけることが出来なかった。
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