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不安定なバランス 3 Ver.奥山
8月も中旬を過ぎ、半月も経たずに終わろうという頃、夏休みなんて言葉が無縁の状況下で、ドタバタと外来と病棟を行ったりきたりする毎日が続いていた。
やっとの激務から、珍しく解放され、久々にとれた休暇を自宅のソファーでぼんやりとすごし、垂れ流しのテレビを見ているようで、見ていなく、くつろいでいた。
不意に知らない番号からの携帯が鳴った。基本は知らない番号など面倒な話が多いから出ないことが多いのだが、胸騒ぎがして、電話をスワイプすると、丁寧な口調の若い男性の声で
『奥山さんの携帯でよろしいでしょうか?』と聞いてきたので、ぶっきらぼうに『おう!』と返した。半分寝ているようにくつろいでいた所為もあるだろう。
営業の電話なら、さっさと切ってしまおうと思ったからだ。だが、電話の相手は予想外な相手だった。
「お忙しいところ、申し訳ございません。僕は高宮と申します。お友達の柳田徹さんの件でお電話をさせて頂いたのですが、ただいま、お時間は大丈夫でしょうか?」
それは柳田の訃報だった。柳田の携帯番号ではないということは、この番号は高宮個人のものなのだろう。高宮の番号を思いもしない形で簡単に手に入れられたことを最初こそ喜んだが、結局のところ、柳田の作戦勝ちなのだろう。
たまに大学に顔を出すのを見つけては、また目で追う。誰かの視線を感じることに慣れているその男は、視線を感じても、それにいちいち反応を示さない。ガン見し続けてもスルーされるのだから、周りも俺も姿を見れる時にはガン見し放題だ。
けれど、表情が以前より暗い。柳田のことがきっかけで、そうなっているのだと思い込んでいたが、坂木教授に呼ばれ、高宮翔が実習先の病院を変更したい、という申し出をしてきた、と言う。教授はなにかのトラブルを抱えている可能性がある、と実習先の病院へ探りを入れるように、と俺に命令を出した。高宮個人のことであれば、問題は少ないだろうが、病院側とのトラブルや、実習自体に問題があるのなら、管理側にも責任を問われる場合がある。
高宮に限ってはないだろうが、片方の意見だけを取り入れることは出来ない。一限の講義だけしかない日に、高宮の調査を教授から渡された資料を元に、実習先の病院に向かう。あれこれ聞いて回ると、予想の上をいく人気っぷりに、本人の問題なのだと確信した。
本人にも話を聞く為に探してみるが、オペ室の見学に入っているらしい。出てくるのを待とう、と喫茶室で待機することにした。昼もかなり回っていたけれど、オペが長引いてる、ということだったので、食堂に繋がる通路を見ながら、高宮が来るのを待った。
1人でフラフラと食堂に入る高宮の背後に、誰も乗せてない車椅子を不自然に押した医師が歩いていた。俺は飲み物を処分して食堂に向かおうとしたが、先程の医者が不自然に高宮を連れ出してきていた。疑問に思いながらも、やり取りを見つめていると、ハンカチらしき布で、不意打ちに呼吸器官を塞がれた彼が脱力していく。完全に抵抗を奪ってから、白衣のポケットから出した注射器で手短に何かを打った。
そして無抵抗で、虚ろな眸の高宮を車椅子に乗せて運んでいった。白昼堂々と、そこの病院の医師が、同性の実習生相手に薬物を使っての拉致に、危険を感じた俺は距離を取りつつも、そいつが高宮を連れ込んだ先を確認したあとで、警備員に声をかけて、その部屋に自大の生徒が連れ込まれた、と経緯を説明した。
その警備員と、鍵を管理している警備員とで、その部屋に、乱暴にならないように鍵を開けて堂々と正面から踏み込んだ。そこには、すでに半分以上の衣服を剥がされた高宮が男に乗られていた。
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