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不安定なバランス 4 Ver.奥山

頭に血が上ったなんてものじゃない感情が湧き上がるが、ここで、暴れたらなんの意味もなくなる。あくまでも冷静を装い、警備員に警察を呼ぶように指示を出し、とりあえず、高宮をシーツに包みながら、取り押さえるのを手伝い、抵抗を辞めた男を連れていくように促した。 男を警備員に引渡し、それまでは、シーツで隠していた高宮のほぼ全裸に近い状態の衣服を整える。さっきの男ではないが、そのまま食いつきたくなるのが、わかる気がした。その衝動を理性で殺して我慢をする。 胡乱気(うろんげ)には目を開けていた高宮だったが、緊張の糸が切れたのか、意識を失ったのは、助けてすぐのことだった。 検査の結果、体内から検出されたのは、筋弛緩剤と麻酔系の薬物だった。どちらも違法性はなく、院内にあったもので、身体自体には問題のないものだった。症状としては、今日、明日、体調がすぐれないくらいで、すぐに回復できる程度のものだった。けれど、今日の今日では、まともに歩くことも難しいだろう。 高宮を押し倒していた医師は児嶋という医師だと聞かされた。柳田の主治医だったことから躰の関係は初めてではないと推測できた。薬を盛ってでも手に入れたい、と思うほどに追い詰められていたということは、柳田が投薬を切ったあたりから、もしかしたら高宮はあの医師を相手にはしてこなかったのかもしれない。 確かに、見た肌にはヨダレが出るほどの魅力は感じたが、それはこちらの気持ちの問題だ。柳田も、児嶋も我を忘れるほどに執着する特別な何かがあるとは思えない。 優しくされていた柳田ならともかく、渋々相手をされていた児嶋の執着の理由に、興味は増すばかりだった。 児嶋を現行犯で警察に引き渡したあと、医院長と話し合い、表沙汰にはしない代わりに児嶋の追放と高宮をこちらの管理下に戻すこと警察には接近禁止命令を約束してもらうことにした。 手の届く範囲の追放では、野放しにするのと一緒のことだ。どうせなら紛争地や、貧困にあえいでいる場所へに放り込んだ方が、いろんな意味で役に立つだろう、とも思うが、相手方の問題もあるので、そこは黙って聞いていた。 結果、系列の大学病院の分院で、離島に飛ばされる形で落ち着いた。ただし、再度、拉致や監禁事件を起こした際は、刑事事件として即起訴をしてもらい、裁判を受けてそれなりの罪を償ってもらう。 その時に、初犯にはだいたいついてくる執行猶予を先渡しをしてやる、という条件で警察には上からの圧力がかかり、捜査は中途半端のまま起訴せず、書類送検で終わらせる形にはなった。一応の犯行を認めさせる為、ポツリ、ポツリとしか話をしない児嶋は期限の11日間、びっちり拘留された。 釈放された後、児嶋は大学の周りで高宮のことを嗅ぎ回っていた。引っ越しの準備に追われている頃ではなかろうか?それとも、全てを捨てる覚悟で高宮を探しているのか?噂はかなりの速さで広まっていて、坂木教授への報告で済まされる程度のものではなくなってきていた。 そんなことをする暇など与えられないほどの早さで、高宮のストーカーがいる、という形で広まっていたが、本人だけが危機感をまるで持っていないように見えた。 さすがにまずいと思ったのか、案の定、教授に呼びたされた。俺は教授に先手を打って送迎をかってでた。柳田の遺言もあるが、ストーカーが児嶋だと確信をしていたのもある。その帰りの車の中で、高宮の住まいがすでにバレていることを知った。行動がエスカレートして、ピッキングまで始めたストーカーのヤバさを感じた俺が同居を持ちかけたが、即答で断られた。 「だって、お世話になる理由がありません……って、徹!!」 突如、弾かれたように、止める間もなく、鍵を開けてアパートに飛び込んでいった高宮を追いかけた。柳田の遺灰を気にしての行動であったが、あまりの考えなしな動きに、一気に頭に血が昇って、怒鳴り散らしてしまった。 涙を流しながら柳田の遺灰を抱きしめてる高宮がゆっくりと、そのまま顔を上げた。その無防備で色気を垂れ流す表情に腰の奥が疼いた。その後に微笑もうとするぎこちない表情にも。 メチャクチャに泣かせたい。加虐的な気持ちが湧き上がる。野良猫のように、他人を受け入ず、威嚇するように振る舞う姿と、家猫が主人に甘えるような、気を許した姿。たぶん、これが、このギャップがたまらないんだろうな…そう思いながらも、押し倒したい衝動を堪えた。 「……すみません。巻き込みついでに、一つ…お願いをしたいことがあります。このストーカー被害がおさまるまで、先生のところでも、学校でもいいんです。彼の物を避難させたいんです。オレも頭を冷やすのに、別の場所で…… 一度、この部屋を離れてみようと思います。 けど、どこかに泊まったり、部屋を借りるなんて、そんな予算はないから、学校に泊めてもらうか、先生のところに泊めてもらうしかないんですけどね。」 車を移動させて、できる限りの荷物を積み込み、部屋の鍵を閉めて、俺は高宮を連れて、自宅マンションへと車を走らせた。

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