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奥山の部屋へ

「…怒鳴って悪かった。けど、ピッキングで、あんなに傷をつけるのは、プロのやることじゃない。素人丸出しだ。ある意味、自己アピールの表れでもある。 それに、部屋にいる時にやられてみろ。寝てる時にまた薬を盛られて拉致られたら、どうするんだ?その時には2度と逃げられねぇぞ?それに、相手が捨て身できたら、取り返しがつかなくなる。いい加減、己の身を守るのは自分自身しかないことを知ってくれ。」 「……捨て身?」 聞き慣れない言葉に首を傾げる。 「心中を起こす可能性だってないとは言えねぇし、追い詰められた人間はなにをするか、わからないってことだ。もし、一人この部屋で児嶋と対峙したら、お前はどうする? もし、このままこの部屋に居続けたら、その可能性は皆無じゃねぇ。もう、嫌がってる場合じゃねぇよ。俺のところが嫌なら、ホテルでもいい。それなりのセキュリティのあるところで、誰かと一緒に居た方がいい。とりあえず、荷物をまとめろ。当面に必要な荷物と、服は季節を問わず、出来るだけ多く持ち出せ。」 元々荷物は多い方じゃない。ダンボール2箱分の服と、遺品の布団と、パソコン用品一式と、必要な問題集を含めた教科書類と筆記用具を持ち、部屋に残されたのは一通りの家具家電と資料用に集めた医療書と生活必需品とキッチン用品。それを移動させるには人手が足りない。数日の避難だと思えば、荷物は多いくらいだと思う。 部屋をあとにする時に、振り返り、あまりの閑散加減に、夜逃げのようだと笑いそうになってしまう。 「とりあえず、今夜はウチに来い。話はそれからだ。」 奥山のマンションはオートロックの家族向けのもののようで、出入口には管理人室があり、監視カメラも所々にあり、管理人室で、ある程度の人の出入りを監視している。 エレベーターの内部は、各階のエレベーター傍についたモニターで乗る前から、どんな人物が何人乗っているのかが一目瞭然だった。逆を言えば、誰がどの階で降りたのかも一目瞭然なのだ。セキュリティがいいのか、どうなのかは不明だが、エレベーターのような密室で、下手なことは出来ないことは良いことなのかもしれない。 子供を狙った犯罪防止の為のものらしい。部屋は七階の奥まったところにあり、荷物は奥山が車と部屋をなん往復かしてくれて、運び込んでくれた。荷物を運び終えると、2LDKSの部屋の中を案内してくれた。ここ以外の選択肢を無くされたような気はするが、選ぶ権利もない気もした。ホテル代など出せないし。 「ここは俺の部屋、こっちは使ってない部屋だからここにいるなら、ここを使ってもらう。前の同居人が一通りの物は残してってるから、部屋の物も好きに使え。で、こっちは納屋だ。本の部屋にしてるから、大体は医学書だから、ここのものは好きに使って良い。フロとトイレはこっちだ。リビングでも好きにくつろげ。」 「……はい。お世話になります。」 一通りの説明のあと、荷物はとりあえず部屋に運んだ。六畳ほどの部屋にベッドと机、備え付けのクローゼットのおかげで、それなりに部屋は広く使える。それほど新しくもないマンションだけに、最低限のもの以外、なにもない部屋なのに、生活感が漂っていた。 「…ねぇ、先生。前の住人って、付き合ってた人なんですよね?」 「ちげーよ。それに安心しろ。そのベッドでヤったことはねぇし、この部屋で誰かとヤッたことはない。てか、本当にルームシェアってやつで、当人はノーマルだ。結婚するんで、出てったくらいだからな。今は、たまに友達や親が泊まりに来た時の客間みたいなもんだ。」 軽く埃っぽい部屋を掃除して、ベッドカバーを外してシーツをセットする。少しずつ荷物を広げ出すと、居心地が良さそうに思えて来た。 『今夜、君を迎えに行くよ』 改めて手紙を見直すと気持ち悪い。奥山の言う通り、あの部屋で対峙したことを考えるとゾッとする。逃げ場のない狭い部屋で、1人で立ち向かえただろうか……?たぶん、無理だ。 避難は正解なのかもしれない……

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