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調書

奥山は急に確認したくなったのか、勝手にポストを開けて、ポストから郵便物を取り出すと、近くにいた鑑識に怒られた。鑑識と有馬の立会いの元、ポストの手紙についての説明と、現在、ストーカー被害にあっていることを話し、奥山がオレを匿っていることを伝えると、別々の取調室に連れられて調書をとることになった。 オレが取調室から出ると、当事者ではないので、早々に解放されたのか、待ちくたびれた様子で奥山は廊下にあった長椅子で、腕を組んで座ったまま、うたた寝をしていた。 当然だ。時計を見ると、すでに午前3時を廻っているのだ。鍵穴のピッキングの跡、今回もピッキングで開けられている可能性が高いこと、一応、これまでに来た手紙も持参していたので、それも含めて、その後の手紙も目を通してから、証拠品として押収された。 『何故、帰ってこないんだ?』 『君は私のものなのに、ほかの男に(うつつ)を抜かすのはそろそろ止めてくれないか?』 『君がこちらに来辛(きづらい)いなら、居場所を無くしてあげる。』 『迎えに行く準備が整った。明日の夜8時に迎えに行くよ。部屋で待っていてくれ。』 接近禁止令が出ているから、直接は近付いては来ないが、段々と距離を詰めてくる児嶋が怖くて、奥山の元に逃げるように匿ってもらったのだと、説明した。大学周りで、知らない人間にも、あれこれと探りを入れられていることで、特に危機感が増したことも。 単純な自室のみを狙った放火なので、自分が容疑者の1人でであることには、変わりない様子だった。 ただ、連絡がつかなくなったり、逃げたりした場合は確実に逮捕される容疑者であることは変わらなかったが。 そんなことをしても、オレには何の得もない、というのは警察も理解はしているものの、証拠がない上に室内、というのが、嫌疑をかけられる結果にはなっているらしい。 『本気で容疑者だとは思ってないんだけどね。』 とも言われたが、一応、マニュアル通りに動くしかない状態にあるのも仕方のないことなのだろう。 ストンと隣に腰を下ろすと、眠りが浅かったのか、すぐに奥山は目を覚ました。 「ふぁ〜ぁ、さすがに眠いな…… ――と、お前はそれどころじゃねぇな。災難だったが、おまえ本人が無事だったことは不幸中の幸いだ。あの程度の小火(ボヤ)なら火災保険内のリフォームはなんとかなるだろ。補償の問題はねぇだろうが、一応、近所と大家への詫びくらいは必要だろうな。 菓子折り代くらいは俺が出してやるから、明日にでも行くとするか。」 そう言って頭を撫でられた。今までのオレなら、そこからの行為が怖くて、その手をはたいて「気安く触るな」と睨みつけていただろうが、そこまで嫌ではなかった。 「とりあえず、当面は俺のところにいろ。また、部屋を借り直すのは手間だろうし、一人になるのは危険だ。児嶋が捕まったとしても、当面はPTSD(外傷性ストレス障害)が出る可能性がある。柳田のことを想うなら、いうことを聞いておけ。お前が立派な医師になるまでか、大切な相手を見つけるまでは、って託されてるからな。最低限の遺言くらいは守ってやらにゃ、俺があいつに呪い殺されそうだ。」 ヘラヘラと叩いている軽口は、どうやらオレを慰めてくれてるらしい。確かに気持ちは沈んでいるが、この男はその手の話しはヘタクソらしい。けれど、彼なりの優しさが伝わってくる気がして、それがちょっと、嬉しかった。 「明日、謝罪回りが終わったら外食しねぇ?店は勝手に選んでおく。嫌いなものあるか?」 「いえ、特には……」 これから帰って寝て起きるのは昼くらいにはなってしまうだろう。それから、買い物をして、アパートに行って、となれば、夕食を作って食べる気力は減っているかもしれない。奥山の意見に同意して、その日はお互い、帰宅後すぐに倒れるようにベッドへ潜り込んだのだった。

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