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情報不足

――奥山の言う通りになってしまった。 ぼんやりとアパートの惨状を見ても、他人事のように思いながらも、まさかの事態に言葉が出てこない。奥山の家へ(かこま)われて、2日余り。 あの日、鍵を閉めて、この部屋を後にしたのは奥山も確認しているはず。それなのに、火元は家の中なのだ。 あのままもし、意固地になってこの部屋にとどまり続けたら、間違いなく、この一連のストーカーと……児嶋と遭遇していたのだろう。 こんなことを起こすくらいだ。たぶん、奥山の予測通り、児嶋に殺されていたかもしれない。 死ぬ、ということよりは、児嶋の手により、嫌悪する相手と一緒に死を迎える、という現実が嫌だった。時間が経つに連れて、目の前のことがリアルに浸透してきたのか、ガタガタと震えだす身体を自分で止めることが出来なかった。 「……灯油とはまた、安直なヤツだな。小火でおさめるなら、せめてメチルアルコールあたりを撒いておいた方がよっぽど捜査を撹乱出来るだろうに。」 冗談で気を紛らわそうとしてくれているのだろうが、笑えない。小学生じゃあるまいし。 アルコールランプなんて今どきは使わない。 「今どきの小学生でも、アルコールランプなんて知りませんよ?使わないですからね。 それに、あいつの部屋にはサイフォンなんてなかったし、コーヒーをドリップするようなタイプでもありません。子供じゃないんだから、その発想はないと思いますよ」 何気無く言った言葉に反応はない。 「……………」 奥山の視線を感じて目線をあげると、目を丸くして驚いた表情をしていた。 「……お前……児嶋の部屋に入ったことがあるのか?」 ……失言だった。奥山は段々と目が細くなり、かなり真面目な低い声で、聞き返してきた。 「あ……あの……逆らえなかった時に、4日ほど監禁されて……」 「お前っっ!!……本当の馬鹿だ……」 奥山は片手で額を抑えながら 「……おまえ……そういう情報は先に流せ!!本当にまるで危機管理がなってない!!冗談じゃないぜ……全く…… 少なくても児嶋が捕まるまで、外出は禁止!!って言いたいくらいだ。 もう、ここまできたら俺らだってなり振り構ってられねぇぞ。 ヤツの精神状態は、たぶん、俺らの想定を超えてる可能性がある。おまえのレイプ未遂の時だって、相当追い詰められていただろう? ストーカーの中には、妄想と現実の区別がつかなくなったアブナイ奴がいる。それになってる可能性は大だ。まともな相手じゃねぇぞ?クソッ!!どうすればいい……」 奥山の最後の言葉は自分に問いかけるような小さな声だったが、こちらの身の安全を考えてくれているのはわかる。 柳田徹の友人としてなのか、一生徒としてなのか、聞いてみたい気持ちになった。自分の周りにはいないタイプの、雑で口の悪いこの男を受け入れることは絶対に出来ないと感じていた。けれど、懸命に護られていくうちに、今は恋愛感情ではないけれども、信じてみてもいい、という気持ちになる。 最初こそ徹が何故、この男を最期に選んで自分を託したのかが、わからなかった。けれど、今なら少しわかる気がする。徹も奥山も、懐にいれた人間には誠実なのだ。 少しだけ、心の氷が溶けた気がした。

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