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リストランテ ルチェーラ 再び

翌日、予想通り、昼近くに互いに起きて、軽くブランチを済ませてから、有名メーカーの菓子折りを部屋数分買う。上の住人と大家には、少し割高のお菓子を購入した。 1件1件回り、謝罪して歩く。オレ本人が出した火事ではないので住人の対応は優しかった。 とりあえず、自分の部屋は住める状況ではなくなったので、部屋を解約することにした。その旨を親にも連絡し、現在は大学の講師である奥山の家で世話になる、ということも告げた。 ストーカーの件も、先に警察から連絡が入ると厄介なので、伝えておくことにした。それを含めての居候なのだと。 仕送りは今まで通りするので、奥山にその分を払いなさい、と言われた。奥山にそれを告げると、現金より躰で払え、と冗談なのか、そうでないのか、わからない返事が返ってきた。 そして、奥山が予約を入れた、という店にたどり着いたのは、午後7時半を回った頃だった。 「……この店……徹と来たことある店だ。初めて一緒に食事した店……」 「そうなのか?」 「……友達同士って似るのかな……この店で徹と話して意気投合したんだ……」 連れてこられた店は、柳田徹と初めて食事をした敷居の高いあの店だった。しかも、通された部屋まで同じ、同じ席なことに、奇妙な違和感を感じた。なんだか落ち着かない。 彼との出逢いには意味はなかった。けれど、彼はしつこいほどに連絡をしてきて、断っても、断っても、くじけることなく連絡をしてきた。 いい加減、そのやり取りに飽きたオレは、一度だけなら、と彼の誘いを受けた。初めて彼と面と向かって、たどたどしく始まった会話は、いつの間にか弾み、気取らず、同じ目線で会話をしてくれた彼に好感を持った。 優しくて……それでも芯の通った言葉の一つ一つが温かくて、居心地の良ささえ感じていた。次は別の場所で呑もう、と誘ったオレに、君は学生だから、店よりも、自分の家なら安く飲めるからそうしようね、と微笑んだその表情から好きになった……好きだった。 今はその徹はいない。その笑顔は見れない。 そんな思い出に浸っていると、向かい合う奥山の向こうに徹が見えた気がした。出逢った時の徹と同じ、会社帰りそのままのスーツ姿で、優しく微笑む、あの時の徹が。 思わず立ち上がり、徹に歩み寄るけれど、スーッとその姿が薄れていく。そこに手を伸ばして掴もうと必死にもがいた。 「待って!!徹!!」 捕まえた、と思った瞬間、それは光となって、掴んだはずの腕は指の隙間から漏れては消えていく。そんなオレの姿を、奥山は目を細めて オレを見つめていたが、何も言わない。光を掻き集めるように追いすがりながら 「……あ……ぁ……」 言葉にならない声だけを発していた。胸が張り裂けそうなほどの痛みが、胸から全身に広がっていく。その痛みに耐えられず、膝をついて蹲った。気づかないうちに、涙が溢れて目の前の床にポタポタと雫が落ちた。 不意に後ろから抱きしめられた。奥山はそのまましばらく黙っていた。数秒だったのか、数分が経過していたのか、オレにはわからなかったが、一度、大きく息をして、初めて聞く、苦しげで、それでいて甘く低く、腰にくるような色気を含んだ声で、耳元に 「……お前は今、何をみている?おまえは柳田を見たのか?おまえの中からあいつを消せ、とは言わない。けど、あいつはもういないんだ。そこは受け入れろ。俺だって、あいつを忘れることは出来ない。けど、今、おまえの前にいるのは柳田じゃない、俺だ。今は、他の男じゃない、俺をみろ。」 ゆるゆると目を見開いた。 なに? 何が起こってるのか、まるでわからない。 自分の中で、何かが壊れていく音がした。

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