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うつ症状 Ver.奥山
失敗をしたと思った。
柳田の幻影を追いかけた高宮の目線を自分に向けたかったのは事実だ。しかも、あの店に柳田と行っていた、というのは誤算だった。しかも同じ個室に通されたとは。
しかも、涙ぐんだまま顔を上げた彼は、今までに見たこともないような、無防備で、壮絶な色気を纏っていた。
命も身体もないのに、未だに彼の心を占めているのが柳田徹だということが、嫉妬を煽る。
つい、勢いで告るような真似をしてしまったあの日から、高宮は普段通りに生活はしているものの、表情が乏しくなり、口数も極端に少なくなった。
それを問いかけても、特になにも変化はないと云う。それでも、放置しておけば、一日中なにも食べようとしなかったり、ボーッとしてる時間も増えた気がした。
元々のストレスを抱え込んだまま、児嶋とのことでもストレスを募らせ、信頼していた柳田が他界。その傷が癒える時間もなく、ストーカーだ、放火だと続けば、不安定にならないわけがない。
なのに、高宮を思い遣ることやく、身勝手な嫉妬で、告るみたいな真似をしてしまった。
まだ、時期ではなかったのだ。強がることで自分を支えてきた高宮の心が、壊れかけているのかもしれない。
「うつ症状だな。まだ、深刻なほど悪化してないが、薬でも、このテの薬は即効性のあるものはないし、いきなり強い薬は出せないから、効果が現れ始める目安は二週間後くらいだと思ってくれ。抗鬱剤と睡眠導入剤を、夜寝る前に飲ませれば、徐々に回復していくと思うよ。
最初のうちは手伝ってやらないと飲めないかもな。あと、注意しておいて欲しいんだけど、こういった症状を、早く治したがって、OD(オーバードーズ)する人がいるから、それをしないように。過剰な摂取は意識混濁を招くからね。所定量を、継続していかないと効果はでないから。また、二週間後に診察に来るように。」
現在、病院の方に勤務している、大学では同期だった精神科医の小山に診察を頼んだ。思った通りの結論にため息が出る。
「悪いな、助かる」
「彼、ストーカー被害にあってるんだろ?挙句に放火とは……負担が大きかったんだろうな。まだ、実習生だろ?可哀想に。これからが大変だって時に…」
返す言葉が見つからなかった。
「……うつ……ですか。」
薬を見るなり、高宮は呟いた。
「すまない。本当に申し訳ない。そうならないように、俺があれこれとカバーしていかなきゃいけねぇっていうのに、この結果を招いてしまった。まだ、児嶋の行方もわかってねぇんだから、外出は一人では絶対にするなよ。薬を飲む時も立ち会うからな。」
そういうと、こくりと頷いた。
「……でも、自殺願望はありませんし、自暴自棄にもなっていません。今が辛いとも思えてはいないんです。ただ、何かが足りない感じ……なんですよ。」
それが何なのかはわからないと言う。手を差し伸べてやることしか出来ない自分が情けなかった。けれど、その手を受け取らない高宮を見つめるのも歯痒かった。
「うつは治らねぇもんじゃない。個人差はあれど、早々に治る奴だって山ほどいるんだ。気長に構えりゃいいさ。」
「……そうですね。」
そう言って頷く高宮は、笑いたくて笑えない表情で、淋しそうに俯いた。
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