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ジレンマ Ver.奥山

頭に入るかはともかくとして、出来るだけの時間を高宮と過ごし、自分の知識を与えていた。受験生を家に匿うのは、大学側としても、あれこれ批判の対象ではあるものの、事情がある為、止むを得ず、と思ってくれる教授連中もいれば、贔屓にならないか?と言い出す講師陣の狭間で、賛否両論ではあるものの、元々の性格上、納得いかない他人の意見など、俺は右から左に受け流すことくらいは簡単なことだった。 飲みなれない睡眠導入剤で、高宮の入眠は早く、規則正しい小学生のような生活をしていた。ベッド脇でその様子を見てからベッドを離れる。髪に触れても、頬に触れても、キスしても起きない。躰のどこを触っても、『うーん』と、声は出すものの、少しの身じろぎをするだけで、起きる気配はなかった。 これまで、誰かに固執したことなんてない。毎晩のように眠りについた目の前の男の肌を撫でていると、抱きたい衝動は増していくばかりで、募っていくばかりだった。 抜こうと思えば、目の前のオカズで、1人でも充分なのだが、けれど、そんな生活を一週間も過ごしてくると、ますます欲求不満が高まって来る。人肌恋しさに、その週末、厳重に鍵をかけた上で、俺は一夜の相手を求めて夜の街に繰り出した。 たまに顔を出すゲイ・バーで、声をかけてきた彼に少し似た容姿の、色んな意味で軽そうな男とホテルに入った。 薄暗いホテルの部屋の中で、見た裸体は、あの日に見た彼の躰によく似ていた。本当に好きな男を抱けない欲求を、満たすには十分な容姿だった。 部屋の中には、接続部から出る水音と、肌と肌のぶつかる音と、荒い息遣いと、悲鳴のようでいて、気持ちよさそうな喘ぎ声が響く。 「やぁぁん、ケーゴ、イクッ、イクッ、あぁぁん、イィ!」 後ろから獣のように激しく突いていると、その男――マサキが背を反らして感じていたかと思うと、急に脱力して白濁を飛ばした。 「ケーゴってさぁ、なんでキスしないの?セックスのときって、した方が気持ち良くない?」 見た目が好みだったのもあったが、所詮は代用品なのだから、キスの必要はないと思っていた。その男がそんなことを言い出したのは、一回を終えて休憩していた時だった。 「なに?マサキはして欲しいの?一夜の相手に許してもいいんだ?特になくても、俺は気持ち良かったけど、マサキは良くなかったんだ?」 「……すごく……良かったけど……良すぎたくらいだよ。あの…さ、ケーゴ、次はいつ、逢える?おれは1夜限りで終わりたくないんだけど。」 面倒臭いことを言い出すその唇を、希望通り塞いで、もう一度、その躰を味わった。 シャワーを浴びてる時に、マサキから個人情報を抜かれ、さらには追加されていたことも、この時はまだ、知らずにいた。パスコードロックが必要だと思ったのは、このあとしばらくしてからだが、後悔先に立たずだ。 明け方、部屋に戻り、高宮の部屋を確認する。睡眠薬がよく効いていて、ぐっすりと眠っていた。この目の前の男を抱くことが出来ないジレンマを、他の男に求めた。 今までだって、見た目が好みの男と、躰だけの付き合いばかりしてきた。罪悪感なんか持ったこともなかった。 けれど、この男の前では誠実にしてなければならないことも、わかっているけれど、のどから手が出るくらい欲しくても、どんなに近くにいて、手を差し伸べても、その手をとってくれない、そんな手に入らない人を目の前にするだけの日々も、フラストレーションが募る一方だった。

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