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被害妄想 Ver.奥山
二期目の実習も一区切りつき、そのまま二期目の期末も難なく無事にこなし、かなりの好成績を収めたものの、高宮は無表情のまま、それを受け止めていた。
大学では試験休みに入り、引きこもるようになって数日後、小山のところへカウンセリングに行く日が来た。可哀想なほど眠そうにしていたが、朝から高宮を連れて出勤し、なるべく外科の医局にいるように指示をして、午前の外来に出た。
昼の外来が途絶えたところで、カウンセリングに連れていく。表情の暗い高宮を診て、「その後はどう?」と、一言告げると、小山は言葉を待った。
「……ひとつのことにしか、没頭出来ません。それが勉強なのが救いではあるのですが、奥山先生に言われないと、ご飯もお風呂も入れません。他にしなければならないこともあるのに、気持ちがそっちに向きません。それが、いつまで続くのかと思うと不安でしょうがないです。」
無防備で不安げに、ぼそぼそと話す高宮は、初めて見るかもしれない。いつもは、誰にも屈しない、というように、猫のようなしなやかさで、人との距離を保っていた男と同一人物とは思えなかった。
「まだ、薬が効き始める頃だからね。それでも、なにかが出来るようになったことだけでも、大きな進歩だよ。君も知ってる事だと思うけど、この手の薬には、即効性の期待は出来ないんだ。大変な時期だと思うけど、気楽に日々を過ごしていくことが一番だと思うよ。
今、せっかくの休みなんだし、ゆったりと、好きなことだけをしてればいいよ。」
小山は優しく、高宮に焦る必要はない、と声をかけた。
「一応、ワンランク上の常用性のない向精神薬と、睡眠導入剤を出しておくね。睡眠導入剤の効き目はどうかな?」
「……少し……時間がかかるようになってきてます。」
「これは軽い方の睡眠導入剤だけど、ワンランク上を1錠と、今と同じものを2錠と、どっちがいいかな?」
「……1錠の方で……」
錠剤の数を増やすことには抵抗があるようだ。
このギャップに、何気にときめいてしまう。これが、世にいう『萌え』というやつなのかもしれない、と思った。
話が一区切りついたところに、俺の院内用のPHSが鳴った。受信画面を見ると、坂木教授だった。
「はい、奥山です。………はい。すぐ伺います。」
通話を切って、小山に礼をして、診察室を出た。調剤に、薬を頼んでから、高宮を連れて教授の部屋へ向かった。
そこで、児嶋の、逮捕の一報が入ってきた、と報告を受けた。ほぼ、浮浪者に近い状態だったという。
「私は高宮翔とは恋人同士で、間男のあの奥山って男が、自分の立場を利用して、翔を唆して寝取ったんだ!!」
と言ってると云う。やはり、妄想と現実の区別がつかないらしい。児嶋と高宮が恋人になったこともなければ、寝取ったなどと、美味しいことをしている訳もなく、ただの部屋の主と同居人というポジションは変わっていない。
俺が高宮を1度でも抱いていれば、その言葉も聞き流せたのだろうが、抱きたくても抱けないジレンマを、抱えたままの俺には、セックスに関してだけ言えば、奥山の方がよっぽど羨ましかった。
元勤務先の区立病院からしても、もう、かばい切ることが出来ず、他病院へ派遣するどころではなくなってしまっていた。警察に拘束されたことにより、高宮を始め、数人の被害者がいることが判明した。
けれど、その大半が、今更、訴えることをしない、と言っている。すでに、家庭があったり、今の仕事に支障が出ることを恐れてのことだった。
実習だけで、他病院に勤務が決まっていた若い医師の卵の男性のみを何らかの理由で脅し、セックスまでいかなくても、性的な関係を強要していた、という事実が浮上した。
放火についても、高宮の裏切りに対する戒めだ、と言いながら認めた為、放火に対して、アパートの住人全員の殺人未遂と、住居不法侵入罪に加えて、接近禁止法違反、色んな罪が重なり、医師免許剥奪の上に、逮捕されることになったが、まずは病院へ送り、精神鑑定付きではあるが、しばらくは入院し、退院後は勾留、それから起訴へ持っていく、というところに落ち着いた。
児嶋の逮捕を聞き、それまで無表情だった高宮の表情が、少しだけ綻んだ。そのことで、だいぶ、精神的に楽になったようだった。
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