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心の壁 Ver.奥山

間もなく正月休みに入ろうという頃だった。児嶋からのストーキングの心配がなくなり、高宮にも少し精神的に余裕が出てきたのもあって、ゆったりと食事をしようと、近所のファミレスに入った。 近所のファミレスだったが、柳田との思い出がない場所なら、大丈夫だろうとは踏んでいた。メニューを選ぶ高宮も久しぶりの外食に少しは喜んでくれているようだった。 「決まったか?」 「オレは先生の食事の方がいいかも。バランスいいし、美味いし。」 可愛いことを言い出す高宮に面食らいながらも、メニューに目を落とす。俺は大体は決まっていた。 「先生が、あんまり作らないものがいいかな。ん〜、ピザ!!」 「あはは、確かに作らねぇや。それに、サラダと、好きな飲み物だな。」 注文をして、あれこれと他愛のない話をしていた。児嶋の一件以来、心を病んでしまった高宮が、やっと回復して、まともな会話や外食出来るまでになったのが嬉しかった。 そんな、和やかな空気を乱したのは、少年のような声をした聞き覚えのある声だった。 「あれぇ?ケーゴ?珍しいところで食事してるんだねぇ。もしかして、その子が同居人の子?へぇ、美人……」 その和やかな雰囲気に水をさしてきたのは、マサキだった。不躾に舐めまわすように高宮を見る目は、失礼なほどだった。 「マサキ!!今は……!!」 「おれ、マサキって言います。ケーゴと付き合ってるんだ。今度遊びに行っていい?まぁ行ってもセックスするだけだから気にしないで?」 小声とは言え、外で話す内容じゃない。しかも余計なことを… 「……いい加減にしろ!!お前には関係のないことだ。」 「はいはい、また、連絡するよ。」 そう言ってヒラヒラと手を振りながら、席を離れていった。直後、高宮の表情が曇った。 「可愛らしい人だね。オレが居候してるから、連れてこれなかったんだ。ごめん……言ってくれたら、もっと早くに部屋探したのに。」 「違う!!おまえは出ていくな。あれはそういうんじゃなくて……部屋に帰ってからきちんと話させてくれないか?」 すっかりと冷えてしまった雰囲気に、食事の味などわからなくなってしまった。自業自得ではあるが、まさかのマサキの言動に憤りを感じてしまった。 自宅へ戻り、ことを話す。 「言い訳になるかもしれないが、おまえを追い出すつもりはないし、あいつを部屋に呼ぶ気もない。 また、おまえを壊したくないからこんなこと言うのは、いけないんだろうが、本当は、俺はおまえのことがずっと好きなんだ。 でも、ただ、抱きたいだけじゃない。おまえが俺を柳田と同じように、俺を心から受け入れてくれなきゃ意味がないと思ってる。 あいつとはゲイ・バーで知り合って、欲求不満の発散相手に、一夜の付き合いのつもりだったが、電話番号やメアドを勝手に見られて、連絡が来るようになって……ちょっと、手違いがあって、少しの間、セフレとして続いてただけだ。本当に抱きたいのは高宮だけなんだ。」 高宮は俯いて話を聞いていた。が… 「……わからない。それが本当だったとしても、好きな相手がいるのに、他の人を抱くって……オレには考えられないや。それに、あの人、先生のこと好きだよ?そこに落ち着くのが一番、幸せなんじゃないかな。」 その想いに応えてない自分が言うのも変な話だと翔も重々わかっていた。 「……なら、おまえは、俺に心も躰も差し出せるか?俺は高宮が柳田を愛し、愛された関係と同じものが欲しいんだ。全く同じものは無理だってわかってる。けど、すべてが欲しいんだ。」 高宮は黙り込んでしまった。そこまでの解答は用意してなかっただろう。 「アイツとは、手を切る話は何度もしていて、 それでも、平行線を辿ってしまっているのも事実だ。アイツとは、別れる。自分のケツは自分で拭く。だから、おまえも真剣に考えてくれ。俺の手を取るのか、それとも、別の道を選ぶのか。どちらを選んでも、出ていけとは言わない。これまで通りの関係を続けて行きたいと思ってる。」 自業自得とはいえ、やっと開きかけた高宮の心は、また、俺との間の壁を高くしたのだった。

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