85 / 114
片思い Ver.奥山
児嶋の逮捕以来、高宮は自力で行動することが多くなってはいたが、マサキとの話をした翌日から、高宮は送迎を完全に拒絶した。
週末のバイトも再開して、預金をしているようだった。休みの期間はほぼ、毎日のようにバイトに出ていた。バイトが夜の為、生活は完全にすれ違ってしまっていた。
会話のないまま、何かあればメモだけをリビングに置いていく。
柳田の遺言を気にしてるのか、ダメになってしまった医学書が揃っていることが魅力なのか、先日の言葉を真面目に考えてくれているのかはわからないが、荷物を纏めている様子はない。
再発を懸念していたうつの心配はなかったのが幸いだが、関係は完全にリセットされ、彼の心の城壁はますます高くなっていった。
家にいる時も、食事は一緒に食べてくれるのだが、それ以外は部屋にこもり、勉強しているようで、部屋と書庫を行ったり来たりは繰り返しているものの、特に会話を進んではしてくれなかったが、たまに口を開くと
「オレのことは気にしないで、彼を呼んで下さい。来たらすぐに眠剤飲みますから。それでも、もし、アノ時の声が聞こえたって、気にしませんから。」
「だから、別れるって言ってるだろ?」
つい、イラついた声を上げてしまった。それでも高宮は、
「邪魔ならマンガ喫茶ででも、勉強は出来るし、睡眠導入剤もあるから。」
と返してきた。全く聞く耳を持たないようだ。
それほどの時の経過もなく、マサキから、性懲りもなく「逢いたい」と連絡が入った。その申し出を受けて、決着をつける為に、俺はマサキの部屋へと向かった。部屋に入るなりマサキは抱きついてきたが、それを引き剥がす。
「やめてくれ。悪いが、今後、俺はもう、この部屋には来ないし、おまえのことはもう抱かない。俺は元々、1夜限りで欲求不満を解消をしてくれる相手が欲しかっただけなんだ。ここまでズルズル来てしまったが、おまえと付き合う気はない。最初からそう言っていただろ?今後はもうない。セフレも解消だ。」
マサキはいらっとした顔をしながら
「なんでそんなに一方的なの?急にそんなこと言われたからって納得できるわけないでしょ?おれはケーゴのこと好きなんだよ?躰の相性だっていいし。だから、思いあってたから、何度も抱き合ってきたと思ってるし。」
目線を合わせることが出来ない。けれど、何度この話しても答えは変わらない。今更だが、このままズルズルと関係を続けたって、本命は絶対に手に入らない。
信頼を取り戻すには、時間がかかるだろうが、この関係を断ち切り、誠実に接していくこと。それでも亡くしても尚、柳田を思い続ける高宮を手に入れられるかどうかなんてわからない。
けれど、現状を手放したくはない。たぶん、目の前のマサキと同じように、手に入らない恋に、縋り付くみっともなさをも見せているかもしれない。
「フン、あの美人の同居人が好きなんでしょ?なぁに?付き合い出したの?」
声のトーンが下がり、嫌味な口調でマサキが言い出した。その口調も含め、受けた印象は、マサキは思っていたより低脳なようだ。
「いや、付き合ってはいない。が、あいつを大切にしたいとは思っている。いや、俺には一番大切な人だ。」
言葉を選んでしまう。ただでさえ、高宮は変なものに絡まれやすい性質なのに、こちらの都合のトラブルに巻き込む訳にはいかない。
「都合良く言ってるけど、あのあと、よ〜は振られたんでしょ?ケーゴの同居人を見る目を見てたら好きなのは一目瞭然だもんね。けど、そんなことがあっても出ていかないなんてあの同居人、かなり図々しいんだね。おれが彼ならケーゴや悩ませることなんてしないんだけどな」
高宮が図々しいなら、マサキは図太いようだ。
「逆なんだよ。お前が引っ掻き回すからおかしなことになってるんだろうが。ただでさえ不安定な時なのに、余計なことをしやがって。」
ついこちらも売り言葉に買い言葉で口調がキツくなってしまう。
「なにが不安定だよ。おれだって不安定だよ。ケーゴと別れたくない!!」
「最初から、おまえとは付き合ってなんていないんだよ。散々、恋愛を含めた付き合いはしない、と言ってるはずだ。悪いがあいつの不安定とお前の不安定を一緒にするな。元々の人間不信に加えて、男女問わないストーカー被害でえらい目にあってる。いろんな事情が重なって、今はウチに居るんだ。」
詳細は言えない。が、高宮を悪く言われるのは、なんだか、腹が立つ。
「な〜んだ。ケーゴってば、あの美人にとって都合のいいだけの男なだけじゃん。彼、受験生なんでしょ?静かな環境で勉強させてやりたいなら、おれと部屋をチェンジすれば、なんの問題もないじゃん。」
アホな頭はどこまでも自分の都合の良いように解釈するようだ。良いことを思いついたと言わんばかりの表情で、とんでもないことを言い出す。おまえじゃダメなんだ、とわかってない。
「冗談じゃない。こんなセキュリティの悪いところにいさせられるか。それに、これは俺が望んだことでもある。
一緒にいたいのはおまえじゃない。」
ムッとした顔でマサキが睨む。
「おれはあんたが好きなんだよ。会った瞬間から、この人だって思ったくらい、最初から好きなんだ。どうしてわかってくれないの?」
「悪いが、俺はあの時はセックス出来れば誰でも良かったんだ。事情があって、あいつを抱くことは出来ない。だから他を臨時で探しただけだ。俺はあいつしかみてねぇし、今後はあいつしか欲しくない。好きな相手しか抱かねぇよ。だから、おまえとは終わりだ。」
「好きにもなってもらえない……抱けない相手にのめり込むのも大変だね。こんな運命みたいな出会いなんて滅多にないんだよ?」
力なくマサキはそう言って、脱力したように座り込んだ。
「その運命みたいな出会いを、俺はすでにしているし、好きで大切だから、それで良いんだよ。片思いなんて、そんなもんだろ?これで終わりだ。じゃぁな、マサキ。」
そう言って彼の部屋を後にした。
ともだちにシェアしよう!