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気持ちの整理
――他人なんてどうでも良かった。
他人と触れ合うのが怖かった。幼い頃から、女の子に間違われたり、イタズラをされることは当たり前で、それが異常なのだと知ったのは小学生の頃だった。中学までは未遂で済んでいたが、高校生になるとそうはいかなかった。
だから、自分が他人と関わるのは、医師と患者というラインが引かれた関係が1番楽なのだと思った。医師になりたい夢は元々あったから、そのための努力はずっとしてきた。
オレは徹の形見を守るためにこの部屋に居候している、というか、もう、東京のどこにも居場所がない。実家は新幹線に乗らないと帰れない。そんな通学もできる訳もなく、今に至る。
元々借りてた部屋は、オレの色々な不手際で、放火されてダメになってしまった。
命の危機に立たされて、奥山や他の住民にも迷惑をかけたことも含め、たくさんの他人を巻き込んだ自分に幻滅した。
徹が嫌がっていたことは、あの安くて古いアパートに1人で住んでいたことだ。セキュリティなんてものは皆無で、壁も薄くて、隣の部屋の音だってテレビの声さえ聞こえてしまうような部屋……雑音になれた環境で育って来たのもあって、他の部屋の音は気にならずにいたし、オレ自身も勉強部屋として使っていただけだから、騒ぐということは無かったから、平穏に暮らしていた……と思う。テレビのない部屋では隣の部屋のテレビのニュースが情報源だった。
『徹の命を引き伸ばすため』と、条件を飲んだ自分にも罪はある。オレが徹の立場なら嫉妬だけしか思い浮かばない。
学生時代からの友人から託されたなら、と言って、どうしてそこまで献身的にしてくれるんだろう?と思っていたら、下心があると言うし。
でも、指1本触れてこない。あんな頭の悪そうなのを相手にしてるのに……
なに?これは嫉妬……?オレが憧れる医師が簡単に脚を開くような男を相手にしてることが気に食わないのか?オレは……?
あのファミレスの一件にオレは苛立って、奥山のすべてを拒絶した。
奥山を少なくとも今は受け入れていない自分には苛立つ理由も資格もなんてないはずなのに。
けれど、帰宅後に奥山が打ち明けたのは、オレが好きだと言いながら、他の男を抱く、という不思議な告白だった。
その気持ちがわからない、と逃げた。
本当はわかってる。奥山はそういう割り切った関係を築いて、今まで暮らしてきたのだろう。そこまで、本気で好きになれた相手がいなくても、人肌恋しくなる時はあるだろう。
オレは付き合ってるわけでもない。匿ってくれてるだけの、大学講師に、なにを苛立つ必要があるのだろうか?
何もかもが見えない。以前のような不安感、というよりは、体験したことのないモヤモヤが募る感覚に戸惑っていた。
金銭面が、と言いながら、徹の遺産がある。けれど、それに手をつける気はない。あれに手を出してしまったら、完全に徹との恋愛が、恋愛ではなくなってしまう気がした。
この日は、平日で、バイトも休みなので、奥山は仕事で外出していたが、来年以降の本格的な医師になるための試験勉強の為、オレはリビングで参考書を広げていながら、勉強の合間に奥山が置いていった昼食を食べていた。
一人暮らしが長いとは言っていたが、完全にオレ好みの味付けや、食事の好みも似ていたり。加えて栄養を考えてるメニューには驚かされるばかりだった。
よく、男を捕まえたいなら、胃袋を掴め、なんて聞くけど、そういう意味ではオレの胃袋は、完全に掴まれてしまっている典型なのだと思う。この部屋を出ていけない理由の一つでもあるかもしれない。
奥山には本当に感謝している。
柳田徹を喪ったあとも、児嶋から救い出してくれたことも、ストーカー被害の時も、病んでしまった時も、献身的に支えてきてくれた。その優しさに甘えてきたくせに、肝心なところで拒絶する、なんてことは、かなり失礼ではある。よく考えてみればわかることでもあるのだ。
中途半端にしてるのはオレの方だ。好きな相手だからこそ、献身的になれる。自分が一番わかっていたことではないのか?人が無償で動けるのは、どんな形であれ「愛情」なのだ。
恋愛感情もあれば、家族愛もある。奥山がオレに家族愛を感じるわけがない。それに、当初から奥山は、自分がゲイだと、カミングアウトしている。
それに、あのマサキ男は、奥山が好きで、躰の関係もあると言っていた。性格の問題もあるだろうし、貞操がどうこう、言うつもりはないが、マサキとの関係を完全に切らない限り、オレはその手を取ることは出来ない。
その相手にとっても自分にとっても唯一でありたい。どうしても愛情不足なのも否めない。
その唯一を知ってしまったから、なのかもしれない。でも、その唯一をくれる人は、もうこの世にはいない。
彼は唯一無二だった。彼も同じくらい、いや、それ以上の愛情を返してくれていた。たとえ、自分が裏切っていることを知ってもなお、愛してくれていた。
けれど、自分も同じことをしていたのではないか?脅され、脅迫じみた駆け引きの中ではあったけれど、愛のないセックスを強要され、身を委ねていた。けれど、間違いなく、そのセックスに快感を感じていた。
それが自分のためだと言い訳をしていたからだったかもしれないが。そして、それに耐えきれなくなった彼は、自ら、オレの犠牲の上で長らえている人生など受け入れられない、と、己の人生に幕を閉じた。
とんだ棚上げをしていたのはオレの方だ。わからないんじゃない、わかりたくなかったんだ。徹の命のためにオレだって児嶋に抱かれていたじゃないか……
けれど、この部屋に留まることは認めているし、居心地が良い。この矛盾を解決させるのは、自分だけでは無理だ。それだけは確かなことだった。
変わらず入眠剤は飲んでいたから、夜、どうしてようが、気持ちに応えていない自分には、口を出せる立場ではないし、隣の部屋からの喘ぎ声を聞くのも、いたたまれない気持ちになることが、わかっていたからだ。
医師らしくない、大柄な躰をじっくりと見たことなどない。けれど、ただの同居人でしかない自分に、人目があるというのに、宣戦布告してくるような、相手をそこまで魅了させる奥山のセックスに、多少なりの興味は湧いた。
そんな欲求不満になるほど、飢えてるつもりはない、と思っているのは表面だけなのかもしれない。
――オレは奥山に惹かれてるかもしれない……
そこまで、淫乱だったのか?と自問自答してしまう。そんな時に、インターフォンが部屋に鳴り響いた。
インターフォンの画面には満面の笑みを浮かべた、マサキが立っていた。
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