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訪問者
インターフォンの画面を見つめながら、出るべきなのか、どうなのかを悩んだ。
ここには、居候はしているが、ただの居候の身だ。自分の部屋でもなければ、家主は不在だ。
この部屋に彼を通して良いものなのか……?
奥山はマサキをこの部屋に招く気はないのだ、とあの時に言っていた。ただ、不思議なのは、奥山の仕事を知っているのか、知らないのか、平日の昼間に訪ねてきた不自然さだ。オレは大学の試験休みに突入しているから、ここにいるけれど、普通の会社員なら、まだ、平日の昼間なら仕事をしているはずだ。
サービス業の人だって、平日休みとはいえ、前もって知らなければ、訪問しても無駄足だ。オレを訪ねてきた可能性が高い。
「………はい。」
「あ、マサキで〜す。ケーゴいる?」
「……いえ、先生は仕事で外出中です。帰宅時間は聞いてないので、連絡を取られた方が早いと思います。」
「……部屋で待たせてよ。約束してるんだ。だから、大丈夫でしょ?」
オレに言ったことと、やってることが違う、と腹を立てるが、家主の許可が済んでるなら、オレが口を出すことではない。エントランスのロックを解除した。
「セキュリティがしっかりしてるとは聞いてたけど、予想以上だね。そんなに頑丈にしなきゃならない理由ってキミなの?」
言葉を選ばず、不躾に聞いてくることが、気に入らない。リビングのソファに案内したまではいいが、お茶を用意してると、あれこれと話しかけてくる。どうも、この男のキンキンとした高い声が、オレの神経を逆撫でする。
「オレがここに匿ってもらった時には、すでにこの部屋には住んでいたし、大学の頃から借りていたみたいなので、オレの為ではないですよ。詳細は知りません」
「キミは同意で同居してるんでしょ?匿ってもらったってどういうこと?ケーゴは何の仕事をしてるの?先生って呼ぶってことは、高校の先生?大学の先生?先生なら家にいると思ったんだけどなぁ……」
ポロリと出たマサキの言葉に、本気でここでセックスしに来たのだと気付いた。たぶん、マサキはすでに手を切られているのだろう。そして奥山はこの「マサキ」には、素性も何も明かしてはいない。だから、反撃に出た。
「……聞いてるんじゃないんですか?」
ズケズケと踏み込んでくる発言に、そのイラつきをつい舌の上に載せてしまう。やはり、深くは付き合ってないのだろう。
「恋人を亡くして、ストーカー被害にあった、まではね。それ以上は知らないよ。」
「まんまですよ。危ないから、って一時的に避難させてもらってたんです。その直後に、オレが住んでた部屋が放火されて、そのまま居候してます。」
その言葉に何故かマサキは目をキラめかせた。
「住まいがないなら、おれの部屋と交換しない?そうしたら、キミは変な気を使わなくていいし、静かに勉強出来るでしょ?おれも色々と都合がいいし、それがいいと思うんだけど?」
嫌いなトーンのその声に頭が痛くなってくる。
「……それは、先生が決めることだし、先生から、そういう提案があったんですか?オレは先生から、マサキさんとはこの部屋でセックスしないと聞いてますけど?」
あまりのイラつきに、カマをかけてみることにした。なんで、こんな無駄な話を続けなければならないのか?と怒りが増していくばかりだ。反撃しなきゃ気が済まない。
案の定、表情が険しくなる。どうやら、ここにきた目的は、まず、オレを丸めこもうとする魂胆らしい。
軽率な考えと行動にため息が出る。それに乗った自分にも、だ。
「……自分が思われてるからって、いい気になってるの?特にケーゴが好きじゃないなら、おれに譲ってよ。」
その言葉にカチンときてしまったオレも、大人気ないとは思いつつ、この無駄な時間を終わらせたかった。
「……お引き取りください。今のあなたでは、お話になりません。くれとか譲れとか言ってる時点で、先生を物のように扱ってる内は、いつまでたっても相手になんかされませんよ。
オレが好かれてる、好かれてないの問題じゃ、ありません。
あなたも人として好かれたいなら、それなりの対応が必要だと思います。本人にぶつかってダメなら、周りから固めよう、と思ったのでしょうが、オレは先生と付き合ってるわけではありませんし、あなたとの関係に協力する義理もありません。お引き取りください。」
こういう時に、ちゃんとした人間関係を培ってこなかったことを後悔する。他人には地雷があるのだ。地雷を踏んでしまったらしい。
逆鱗に触れるのは案外、簡単なことだと、思い知らされる。マサキが殴りかかってきたのだ。頬に一発は食らうが、黙って殴られ続けるほど、オレも大人しすぎる男ではない。一対一なら、なんとかなる。
ただ、殴られるくらいなら、反撃すると不利になる可能性がある。体制を立て直し、ひたすら逃げることにした。血の味がする、ということは、唇の何処かが切れているのだろう。その方が都合は良かった。
リビングとしては広いが、鬼ごっこをするには狭い部屋の中、どれだけ逃げ回れるか、がある意味勝負だ。ただ、相手は少し頭が弱そうだ。こちらの都合で動いてくれれば、多少の時間は稼げる。体力の消耗を目的とした鬼ごっこだと思えば、楽しめるか?などと、くだらないことを考えながら、パンチをガードしつつ、リビングでの時間稼ぎを始めたのだった。
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