89 / 114
誘惑
不意打ちに温かく柔らかいモノが唇に軽く触れる。
奥山の唇だ、というのは、顔の距離からすぐに分かった。それ以前にもう、目の前には奥山しかいない……
「助けた報酬くらいはもらってもいいだろ?」
そう言ってニッと笑う。
因果応報……
そんな言葉が頭をよぎる。
……そうだ。酔った振りをして、本当はうちあける……告げるつもりのなかったのに、そうやって柳田とのきっかけを作った。きっと、その時の柳田の気持ちも、今の自分と一致するものがあったかもしれない。
このまま好意に甘えて、己を委ねるのか?その好意をはねのけて、拒絶するのか?答えは目の前にあるんだと、改めて実感する。この居心地の良さを手放すのは、自分の今までの信念かもしれない。けれど、このまま離れても、淋しいと感じる自分がいるのも事実だ。
それほどに奥山は自分の中で大きな存在になっていた。最初は無理だと思ってた男なのに、今、目の前にいる男にとっくに惹かれてる自分に気づいた。
「ねぇ、先生?オレが欲しい?」
ふと聞いてみる。目を丸くして驚いた表情をしていたが、ふっと微笑み
「そりゃぁ、な。けど、おまえが心も躰も、すべて俺にくれるなら欲しいと思うが、気まぐれでそういうことをほざくなら、いらねぇよ。」
その言葉になんだか、悩んでいたのがバカバカしくなってきて、声を出して笑ってしまった。
「あはははっ、徹がなんで先生と友達してたのか、オレの先々をお願いしたのか、わかった気がする。実を言うとね、オレは先生を認めてないわけじゃないんだ。
逆に言えば、先生がいたから、今の大学を選んだくらいには尊敬しているんだよ。
ここ、数ヶ月、いろんなことがありすぎて、パニクっていたからちゃんと言えなくてごめん。
素直になれずにいたけど、すべてのことに感謝してるんだ。先生、本当にありがとう。先生がいなかったら、もっと酷いことになってた。
知らない間に、しっかりと心の支えになってくれてたよ。それに、居場所をくれた。
それに、胃袋もしっかり掴まれちゃったし。」
ニッと笑うイタズラっこのような表情を作り、奥山を挑発してみる。
「ねぇ、先生……オレ、先生のことが好きだよ。先生に身も心も捧げても良いと思ってるくらいにはね。これで躰の相性が良かったら、きっと、徹以上に離れられなくなるかも……ね?
ケーゴ……?」
上目遣いで奥山を見る。
「……――ったく、お前みたいなヤツを小悪魔って言うんだろうな。なんだ?その誘い方。気のあるヤツに、そんな誘い方されて応じないヤツはいないだろう?
だが、その挑戦、受けて立つ。ただし、覚悟しろよ?俺は本命しかこの部屋で抱く気はない。抱いたらもう、絶対に手放さないからな。」
オレは手を引かれて、奥山の自室に初めて足を踏み入れた。
ともだちにシェアしよう!