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誘惑

不意打ちに温かく柔らかいモノが唇に軽く触れる。 奥山の唇だ、というのは、顔の距離からすぐに分かった。それ以前にもう、目の前には奥山しかいない…… 「助けた報酬くらいはもらってもいいだろ?」 そう言ってニッと笑う。 因果応報…… そんな言葉が頭をよぎる。 ……そうだ。酔った振りをして、本当はうちあける……告げるつもりのなかったのに、そうやって柳田とのきっかけを作った。きっと、その時の柳田の気持ちも、今の自分と一致するものがあったかもしれない。 このまま好意に甘えて、己を委ねるのか?その好意をはねのけて、拒絶するのか?答えは目の前にあるんだと、改めて実感する。この居心地の良さを手放すのは、自分の今までの信念かもしれない。けれど、このまま離れても、淋しいと感じる自分がいるのも事実だ。 それほどに奥山は自分の中で大きな存在になっていた。最初は無理だと思ってた男なのに、今、目の前にいる男にとっくに惹かれてる自分に気づいた。 「ねぇ、先生?オレが欲しい?」 ふと聞いてみる。目を丸くして驚いた表情をしていたが、ふっと微笑み 「そりゃぁ、な。けど、おまえが心も躰も、すべて俺にくれるなら欲しいと思うが、気まぐれでそういうことをほざくなら、いらねぇよ。」 その言葉になんだか、悩んでいたのがバカバカしくなってきて、声を出して笑ってしまった。 「あはははっ、徹がなんで先生と友達してたのか、オレの先々をお願いしたのか、わかった気がする。実を言うとね、オレは先生を認めてないわけじゃないんだ。 逆に言えば、先生がいたから、今の大学を選んだくらいには尊敬しているんだよ。 ここ、数ヶ月、いろんなことがありすぎて、パニクっていたからちゃんと言えなくてごめん。 素直になれずにいたけど、すべてのことに感謝してるんだ。先生、本当にありがとう。先生がいなかったら、もっと酷いことになってた。 知らない間に、しっかりと心の支えになってくれてたよ。それに、居場所をくれた。 それに、胃袋もしっかり掴まれちゃったし。」 ニッと笑うイタズラっこのような表情を作り、奥山を挑発してみる。 「ねぇ、先生……オレ、先生のことが好きだよ。先生に身も心も捧げても良いと思ってるくらいにはね。これで躰の相性が良かったら、きっと、徹以上に離れられなくなるかも……ね? ケーゴ……?」 上目遣いで奥山を見る。 「……――ったく、お前みたいなヤツを小悪魔って言うんだろうな。なんだ?その誘い方。気のあるヤツに、そんな誘い方されて応じないヤツはいないだろう? だが、その挑戦、受けて立つ。ただし、覚悟しろよ?俺は本命しかこの部屋で抱く気はない。抱いたらもう、絶対に手放さないからな。」 オレは手を引かれて、奥山の自室に初めて足を踏み入れた。

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