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番外編 悪夢の根源 岩切
開かれたドアの音に自分が寝ていたことに気がついた。仕事中だというのに、失態だ。
つい、家にいる感覚で出た言葉にさらに失敗を繰り返す。
「……あ……おかえりなさい。」
寝ぼけた頭で、何も考えずに普通に出てしまった言葉だった。他に誰もいなくて良かった、と思っていたのは奥山の方で、寝顔すら誰かに他人に見られたくないそうだ。
そこは軽く聞き流し、いつもストレートになんでも言ってくる男が、何かを言いたそうにしている姿に首を傾げる。
「――ったく……おまえは無防備すぎる。男女問わず狙われてることをいい加減自覚しろ。
この間、医師会で佐川に会ったが、おまえを狙ってる、って言ってたぞ?佐川は後輩だが、おまえも後輩だからって妙な懐き方をしてんだろ……無自覚も罪だぞ?
さっきの岩切 の件だが、おまえだけが苦しむのは、不公平だと思うんだが、これから岩切を脅しに行かないか?」
心当たりある言葉にドキッとしながらも奥山の言う『脅す』とは物騒な発想だが、自分で思うよりも強いトラウマだ。また過呼吸を起こすかもしれない、と不安げに奥山を見上げると、
「大丈夫、俺がフォローするから。」
と言った。とりあえず頷いて奥山の後に続く。
金持ちだけあって、高級な方の個室に入っていた。病室のドアをノックると、聞き覚えのある声で、はい、という返事が聞こえてくる。奥山がドアを開けて中へ入る。
それに隠れるように後をついて行った。
「どうですか?安静にしてますか?痛みとかどんな感じ?」
「今は静かにしてますので、安定してま……す………?!」
急に、岩切の表情が変わった。どうやら奥山の後ろのオレに気付いたようだ。
「今度の手術の助手をしてもらう、高宮医師だ」
オレの内心はドキドキだったが、それ以上に、岩切の顔面の方が恐ろしく青ざめていく。
「……助手……?……高宮……翔……?」
「……うん。久しぶり。」
岩切は、すぐにでも殺されるのではないか?と言わんばかりの表情だ。けれど、逆にそういう対応をされた方がスッキリしたのも確かだった
「……翔、医者になってたんだ……」
「……小さい頃からの夢だったからね。まだ、後期研修医だから、正式な医者ではないけど。」
奥山の狙いが理解出来た。『おまえの命はこっちが握ってるんだ』という、無言のプレッシャーをかけにきたのだ。
病人に向かって、こんなことをする奥山を見て、本当に敵に回したくないタイプの男だと思う。面倒くさいことこの上ない。心臓に近い部分に瘤が出来て、その切除を待っている患者にそんなプレッシャーを与えて、発作でも起こしたらどうするんだ?と思う。
「……ん?君たち知り合い?」
などと、わざとらしく聞いてくる。
「……高校の同級生なんですよ。」
ビクビクしながら岩切が答えるが、オレから言わせてもらえば、自分を飼っていた飼い主が一番妥当な言葉だろう。
自分のバックグラウンドを悪用して、やりたい放題をしてきたのだから。
「……あの……先生、翔……高宮……くんと2人で話がしたいのですが……」
遠慮がちに岩切は、奥山に話を切り出すが、
「それは手術が終わってからの方がいいでしょう。長話は、身体に触りますからね。」
奥山はいとも簡単に、その申し出を断った。
何を言われるのか、興味がなかったわけではないが、今更謝罪の言葉などいらないし、また、地元に戻って飼われるのか、それは術後、本当に話す機会があれば自ずとわかることだ。
脅す、という目的を果たした奥山は、今日も早めに休んでくださいね、と言い残し、病室を、後にした。
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