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番外編 告白

術後、3日ほどICUで過ごした後に、岩切は病室に戻された。心拍も血圧も血中酸素もバイタルは至って正常で、傷口も消毒ができるくらいまでには塞がっている。 いつもは、看護師を連れて、奥山が消毒をしていたのだが、この日は急なオペが入って代わりに、岩切の部屋に消毒に行くことになった。 「今日は奥山先生が来れないから、オレが代理で来た。とりあえず起き上がれるようになった?」 「まだ、途中まではベッドの電動に頼らないと厳しいな。さすがに痛みがあるからね……」 「まぁ、痛みがなければ傷はふさがらないって知ってた?脳がそう命令するんだ。それでも、腹じゃない分楽なんだぞ。体の中心を切ると、軸になる部分が痛いんだから、キツイらしいよ? 臨床実習の時に会った帝王切開のお母さんなんか、ヒーヒー言ってたよ。」 PTSDが完全回復したわけではないが、こんなに普通に会話を出来るようになっていたのか、と思う。奥山の存在があってこそなのだと思う。包帯とガーゼを外して消毒をする。また、新しいガーゼをナースから受け取り、包帯を巻き直していると…… 「……あのさ、今、高宮は……付き合ってる人とかいるのか?」 不意の質問だった。多分、術前のあの時もここから始まる話だったようだ。 「……付き合ってる人?いるよ。」 「えっ!?高宮先生、彼女いるんですか?」 看護師が口を挟んでくるが、そこは苦笑いで流した。たぶん、あとでナースから質問攻めにあうだろう。 「…幸せか?」 「……あぁ。幸せだよ。愛してるからね。」 「……いきなり惚気か。でも、そっか。良いな。俺は相手すら選べない。政略結婚ってやつだな。子供の頃から相手は決まってたんだ。 だから、学生時代は荒れてた。あ、看護師さん、少し外してもらえる?」 オレは、覚悟を決めて、ついてきた看護師に頷いて合図を送った。 「そろそろ菅田さんの点滴が終わる頃だから、交換に向かってくれる?」 「あ、はい。わかりました。」 彼女はそう言って、指示に従い病室を出ていった。 「荒れてたからって、なんで、あんなこと……」 「最初は高宮の顔が好きだった。今でも美人だがな。本当はおまえが欲しかったんだ。俺は、種馬としての役割を果たせばいいだけだ。あの前もあの後も、誰を抱いても満足出来ない。高宮を忘れられないんだ。 もう一度チャンスが欲しかったなぁ……」 「………でも、あの時、オレは、おまえだけのものじゃなかった。それは何故だ?」 「歪んでたんだよ。高宮がセックスに溺れていく姿を、見てるのが、すごい好きだった。でも、やっぱり、自分で抱いてる時が一番悦い顔をするって実感出来た。」 そんなしょうもない理由で、男娼にされてたのかと思うと、やはり、自分が一番情けない。 「今の相手って、どんな人?」 「ごつくて、ガサツだけど、手先が器用で、頼りがいのある人だよ。セックスも一番上手いな。オレが知ってる中でも、アレも一番デカいよ。その前の恋人も、ノンケだったけど、やってみたら、相性は良かった。」 「前の恋人とはなんで、別れたんだ?」 「……死別だよ。」 目を瞑って彼の笑顔を思い出す。 「そっか。すまなかったな。もし、良ければ、なんで亡くなったのか聞いてもいいか?」 入院している身としては、心配なのか、ただの興味本位なのかわからないが、岩切が遠慮がちに聞いてきた。 「……末期の進行癌。オレも知らなかったんだけど、会社から健康診断の再検査が出てたらしいんだけど、本人が病院嫌いでね……会社命令でやっと再検査を受けた時に見つかったんだけど、その時には手遅れで、手の施しようがなかった。ずっと顔色が悪かったのに、きちんと気付いてあげられなかった……医者の卵としては失格だ。だから、最期は足掻いてみたが、彼を傷つけただけだった。その後、全ての治療を断って、旅立ってったよ……」 オレの中では、本当にそれは後悔しても後悔しきれない部分だ。しかも、彼はそれを隠すためにオレの前から消えた。そんな強烈な思い出だけを遺して、彼は去っていったのだ。絶対に忘れられないインパクトだけを遺して。 「……なぁ、高宮、地元に戻る気はないか?」 「……えっ?」 言うのではないか?と思っていた言葉でも、いざ耳にすると、実際は戸惑うのだと思った。すると、背後から 「させねぇよ。」 と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

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