111 / 114
番外編 告白 7 Ver.奥山
翔が、何を思って突然話し出したのか、そして、あの岩切に植え付けられたクセと共に、寂しそうに微笑む。
見下ろした状態で、互いの眸を合わせたまま、見上げる翔の眸に影が宿る。その体勢に入ったら、必ずと言っていいほど、腕を指が滑り、軽く擽りながらその指が首に回る。
引き寄せれるように顔が接近すると、首元からゆっくりと指が滑り、両頬を挟む。自分の顔の前に引き寄せて、舌を出してキスを強請るようなポーズをとるのだ。そのポーズの時には、絶対に自分からはキスをしてくることもない。
けれど、今日の翔は、舌を出さずに軽くキスをした。
「ねぇ、敬吾、オレはね、徹が病気を隠して、嘘までついて……結婚するからこれ以上付き合えないって言われて捨てられたんだ。
彼はゲイではなかったから、それは当然のことなんだと、受け入れなきゃいけないのに、どうしても受け入れることが出来なかった。
その少し前に、サプライズで、ホテルのスイートに泊まって、散々、愛しあったのに、急に捨てられたんだ。
そこからの徹の行動は早かったよ。
きゅと準備してたんだろうね。何も告げずに早々にマンションを引き払って、会社も退職して……人が消えることが、そんなに簡単なことなのか?って、目の前が真っ暗になった。
けど、やっと、あきらめがついた頃、たまたま救命の実習だった時に、区立病院に救急搬送されてきて、再会出来たけど、それでも、また失うことを知った……
オレは、児嶋に徹の延命と引換に、躰を要求された。裏切りだってわかってたし、徹に相談することも出来ないまま、流されるように、関係を持ってしまった。
それでも、一分一秒でも長く、彼が生きることを優先してしまった。それからもいろんなことがあったけど………
それでもさ、敬吾がいてくれたから、立ち直ることが出来た。でも、それも完全ではないって、敬吾もわかってるんでしょ?」
「……病 いや事故は突然牙をむく。それは天災でも同じことだ。それは誰にもわからないことだし、他人事で済んでるうちは、平和な証拠だ。おまえが今、不安になっていても、なるようにしかならない。俺だっておまえを失いたくない気持ちは一緒だ。おまえの部屋が放火されたと聞いた時、こっちに避難させておいて、どれだけ良かったと胸をなでおろしたと思う?」
翔は冷静な視線で俺を見上げている。眸を軽く伏せてから静かに言った。
「あの時、部屋にいたら、オレは連れ去られていたかもしれないし、灯油を撒いて火を放って、児嶋と心中してたかもしれない。けど、あの惨状を見ても、本気でアパートを燃やし尽くす気はなかったと思う。でも、アイツのやったことは、犯罪以外の何者でもない。だけど、オレの『死』は目の前にあったことは変わりない。
他人の生死を左右する仕事を選んでおいて、今更何を言ってるんだ?って思うかもしれないけど、オレはあの時敬吾の判断がなければ、死んでたかもしれない……」
「そうだな。それは違いない。先のことなんざ誰にもわかりゃしねぇ。けど、だからこそ今を大事に生きていかなきゃならねぇんじゃねぇの?
今、俺はお前を抱きたい。今を逃したら、しばらく抱けないかもしれない、そう思いながら抱いたことはないが、いつか、そうなるかもしれない。
だけど、どっかの他人だって、いちいちそんなことは考えてないだろ。俺はあいつみたいな裏切り方はしない。病気になれば、共に戦う。隠しごともなしだ。それは、お互いに、な。」
それまで強ばっていた翔の表情が、ふわっと和らいだ。
ともだちにシェアしよう!