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第2話

 直ぐさま鍵が開く音がして、ドアが開いた。 「やあ、いらっしゃい」  白いバスローブを身に纏った冬月が、にこやかに迎え入れてくれる。まるで、セレブのプレイボーイだ。  ただのパティシエ見習いなのに。でもそれが似合いすぎて笑えない。渡仏してより一層、プレイボーイぶりが板に付いた感じだ。  修行中の身だから毎日が忙しくてなかなかプライベートな時間が取れないと嘆いているけれど、俺と付き合うまでは彼女を切らしたことがなかっただけに心配だ。しかも、バイセクシャルだから、心配する相手は女性だけではない。  でも、それを口にしたことはない。怖くて口にできない。出会った当初、めんどくさい付き合いは嫌いだと彼女たちと長く続かないところを見てきただけに、冬月相手に今一歩踏み出せないでいる。 「どうぞ」と招かれて中に入る。別世界のような高級感溢れるスイートルームに、呆然としてしまう。まるで夢の中にでもいるようだ。  ひときわ目立つ大きなダブルベッドが目に入った。今日はここに泊まるのだから、あそこで冬月と一緒に寝るんだ。  そう思ったとたん、下半身に甘い疼きを感じ、身体が熱くなる。 (ベッドを見ただけで興奮するなんて、中学生かよ)  オレは深呼吸をして、胸元を軽く叩いた。 「夕飯は食べた? お腹が空いているなら、ルームサービスを頼むけど」  二年ぶりの再会とは思えないくらい、いつも通りの冬月だ。  ほぼ週に一度はスカイプで顔を見ながら会話をしている。緊張したり、ベッドを見て興奮しているオレの方がおかしいのかもしれない。 「大丈夫。適当に作って食べてきたから」  オレも冬月に合わせて平静を装う。 「そっか。久々に八城の手料理を食いたかったなぁ」 「帰ってきたら毎日食べられるよ。まかない作りはオレの仕事だから」  父が経営するレストランで働くオレは、小さい頃からずっと店の手伝いをしてきたけれど、シェフとしては一番の下っ端だ。  今のところ新人を雇う予定はないから、まかない作りは当分オレの仕事となる。冬月がパティシエとして戻ってきたら、毎日料理を振る舞ってあげることができるのだ。 「楽しみだけど、俺のためだけに作って欲しいな」  拗ねるように言う冬月に、オレは思わず苦笑した。昔から冬月はオレが作った料理への執着がすごい。オレを好きと言うよりも、オレが作った料理が好きなんじゃないかと、本気で悩んだ時期もあったくらいだ。 「高校の時みたいに弁当を作ってあげようか」 「お、それいいな。八城の愛妻弁当」  互いにそれは無理だと分かりつつ、冗談を言って笑い合った。 「ああ、そうだ。シャンパンとワインを用意しているんだ。飲むだろう?」 「高級ホテルのスイートルームなんて凄いな。ずっとここに泊まってるの?」 「まさか。今日一日だけだよ。最終日は丸一日オフを取るつもりで、一カ月前から予約をしていたんだ。でも、夜まで仕事が入ってしまって」 「仕方がないよ。仕事で帰ってきたんだから。こうやって会えただけでも嬉しい」 「これで今日、八城を補充できなかったら、フランスに帰らないつもりだった」  後ろから抱きつかれて、心臓が跳ね上がった。胸元に置かれた冬月の手のひらに、心臓の音が伝わってしまいそうで心配になる。  でも、久しぶりの冬月の体温がとても心地よい。顔は毎週見ているけれど、画面越しではこうして触れあうことはできない。 「あー。八城の匂いがする」  すんっと鼻を鳴らしながら首筋の匂いを嗅がれ、恥ずかしくて身を捩った。 「あんまり嗅がないでよ。家を出る前にお風呂に入ってきたけど、ここに来るまでに汗かいたし」 「石けんと八城の汗の臭いが混ざって良い匂いだ」 「ちょ、変態みたいなこと言うなよ」 「そりゃ変態にもなるさ。ずっと我慢してたんだぜ――あっ」  突然声を上げた冬月がオレから離れる。心地の良いぬくもりが去ってしまい、喪失感にかられて悲しくなった。

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