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第3話

「危ない危ない。危うくこのままベッドに押し倒すところだった」  それのどこがいけないんだろう。オレなんて思いっきり期待していたのに。  冬月が窓際へと歩いて行く。小さくておしゃれなテーブルとソファーがあり、テーブルにはシャンパンとワインが置かれている。 「八城、ここに座って」  椅子を引いた冬月が手招きをしている。  そりゃあ、お酒を飲みながらゆっくり話をしたいけど、今はベッドに行く雰囲気だっただろ?  オレは少し拗ねた気分のまま、椅子に座った。  しかも、オレが座ったとたん、冬月は部屋から出て行ってしまった。  直ぐさま戻ってきた冬月の手には小さな箱。 「時間がないからすぐにでも抱きたいけど、どうしてもこれだけは八城に食べて欲しくて」  箱をテーブルの上に置くと、慎重に中身を取り出した。 「わぁ……」  思わず感嘆のため息が零れる。さっきまで不満に思っていたのが吹き飛んだ。  それは、ケーキだった。  チョコレートでコーディングされているスポンジの上に、飴細工でできた大小様々な白百合が乗っている。散りばめられた苺やブルーベリーなどの赤と、白百合のコントラストが美しい。 「コンテストで作ったのは、高さが三十センチくらいある大きな物だったんだけど、さすがに持ち込めないからミニチュア版。八城をイメージして作ったんだよ」 「オレをイメージ?」 「うん。八城を花にたとえるなら、白百合だなぁってずっと思っていたから。会えない分の想いを存分に詰め込んだんだ。だから、優勝したかったんだけど……」 「三位だって充分に凄いよ。食べていいの?」 「もちろん。食べて貰うために作ったんだ。ケーキとシャンパンって合うんだよ」  冬月はグラスにシャンパンを注いでくれてから、向かいのソファーに座る。 「二年ぶりの再会に乾杯」  グラスを軽く持ち上げる冬月に習って、オレもグラスを軽く持ち上げた。 「乾杯」  シャンパンに口を付けた。  口の中でぱちぱちと泡が弾ける。刺激的な泡が弾ける度にほんのりとした甘みが拡がって、とても美味しい。  実は、オレはあまり酒に強くない。アルコールっぽさを感じただけで、どうしても受け付けないのだ。  けれど、このシャンパンはいくらでも飲めてしまいそうだ。 「どう?」 「美味しい。お酒が苦手なオレでも飲みやすい」 「良かった。このシャンパンは八城に飲んで貰いたかったんだ。このワインも八城の口に合うと思うんだ」  オレのためにこのシャンパンやワインを選んでくれたことが嬉しい。  一通りシャンパンを楽しんでから、ケーキに視線を戻す。 「綺麗すぎて食べるのがもったいないなぁ。どこから食べよう。そういえば、冬月の分はないの?」 「自分の分なんて作らないよ。八城のために作ったんだから、遠慮しないで食べて」 「……うん」  土台のチョコレートケーキ部分にフォークを入れた。しっとりとした感触がフォーク越しにも伝わる。口の中に入れると、程よい苦みとふんわりとした甘さが拡がった。 「美味しい」  さっきから美味しいとしか言っていないけれど、食レポは苦手だ。それを冬月は分かってくれているので、嬉しそうに頷いてくれた。 「ビター&スイート。苦すぎず甘すぎない味を出すのに苦労したんだ」 「それってオレのイメージ?」 「うん。白百合のような凜とした雰囲気と、クールそうに見えて実は面倒見が良い所を出したかったんだ」 「そんな風に見られてるんだ。なんだか恥ずかしいな……」  オレは飾りになっているラズベリーにフォークを刺して口の中に入れる。  甘いものを食べたばかりなので、より酸っぱさが強い。でも、口の中が変わって美味しい。  ふと思いついて、もう一つラズベリーにフォークで掬った。 「冬月、あーんして」 「ん?」  素直に開いた冬月の口の中にラズベリーを放り込んだ。 「これはラズベリー? ラズベリーは苦手だったか?」  苦手だから冬月にあげたのだと思ったらしい。オレは頭を振った。 「そうじゃなくて、オレの冬月のイメージはラズベリーかなぁって。甘さの中に酸っぱさがあるっていう」 「苺やブルーベリーもあるのに、あえてラズベリー?」 「冬月が苺とかあり得ないから!」  苺に囲まれた冬月を想像して、思わず吹き出してしまった。 「酷いなぁ。たしかに、苺ってイメージはないかも知れないけど、俺は苺のショートケーキが一番好きだよ」 「へぇ。初耳。じゃあ、今度、オレが苺のショートケーキを作ってあげるよ」 「遠慮しておく」 「うわ、即答」  分かってはいるけれど流石に傷つく。  オレは料理は得意だけど、お菓子作りはからっきし駄目なのだ。この世のものとは思えないものが出来上がってしまう。  オレが作った菓子を食べて冬月がパティシエを目指すことにしたというのだから、世の中何がどう転がるか分からない。  ケーキを食べながらシャンパンを飲み、他愛のない会話を楽しむ。二年前には当たり前のようにやっていたことだ。  高校を卒業してから、冬月はパティシエ、オレはシェフを目指して専門校へと進んだ。  互いの勉強のためと、デートの時はいつもカフェやレストラン巡りだった。  専門校を卒業したらうちの店で働くものだと思っていた冬月が、フランスに留学すると聞かされたときは、別れた方が良いのかも知れないと、本気で悩んだものだ。  でも、別れなくて良かった。まだあと一年は遠距離恋愛だけど、二年も頑張れたんだ。きっと大丈夫。 「なんだか、デートみたい」 「俺はそのつもりだけど」  冬月は照れたように頭を掻いた。 「久々に会ったのに、ホテルに入ったら即エッチだなんて動物的だろ。まあ、それも魅力的だし、捨てがたいんだけど、やっぱり八城に楽しんで貰いたいから」 「そ、そうだよね……」  それを期待していただけに、冬月の心遣いに申し訳なく思う。 「でも、まぁ……」  冬月がテーブルの上に置いたスマホで時間を確認する。 「時間ないし、もう我慢できないから」  スマホを片手にしたまま立ちあがる。 「ベッドに行こう?」 「でも……」  ケーキは白百合の飴以外は食べ終わっているけれど、シャンパンやワインはまだたくさん残っている。 「ワインクーラーに入れておけば大丈夫だよ」  そう言う冬月の目は、熱が籠もっている。こんな冬月を見るのは久しぶりだ。  オレは黙って頷いた。

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