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第2話
「晴人さーん!お久しぶりです!」
朝日が眩しい晴れた朝、今日の仕事場であるはな写真スタジオに向かう道中声をかけられた。
振り返ると、スタジオの後輩が笑顔でこちらに走ってくる。
「拓人か。久しぶり。」
「晴人さん、今日はヘルプカメラマンで入るんですよね?久々にご一緒出来て嬉しいです!」
拓人の笑みは晴人へ尊敬の念や親しみが篭っ
ている。
久しぶりの仕事なので少し緊張していたが、その笑顔を見て安堵する。元の自分を少しづつ取り戻せそうだ。
「てか今晩、終わったら飲みせん?俺また彼女と喧嘩しちゃって…。話聞いてくださいよお〜。」
「まーた喧嘩したのか…。仕方ないなぁ…。まぁ、俺で良ければ幾らでも話聞いてやるよ。」
「毎度ありがとうございます。」
拓人はニコニコと懐いた犬の様に笑った。
よく歳下には懐かれるし、懐かれると悪い気はしない。
拓人の提案に笑って頷いた。
「てか、晴人さんどこ行っていたんですか?撮影ですか?」
「あ…あぁ、まぁ…そう。撮影だよ。スキル…磨きのために…。」
『どこに行っていたのか。』そう聞かれて思わずギクリとする。
まさか、言えない。
4ヶ月も男に監禁されていただなんて。
首元の消した刺青がチリチリと痛む。
「そういば、結花さんも久々に晴人さんに会えるの楽しみにしていたましたよ!ここだけの話、結花さん、晴人さん狙いですよ。」
「結花ちゃんが?」
結花は、拓人と同じ写真スタジオのスタッフだ。確かに、いつも嬉しそうに話しかけてくれる。晴人もそれに悪い気はしていなかった。
「そうですよ!それなのに、なんか昔、晴人さん、結花さんに酷い事言ったでしょ?もう連絡するな的な…。」
「あぁ、それな…。てか、俺はそんなメッセージ送った記憶無いんだけどな…。」
「ま、女の人ってその辺繊細ですから。先輩は変に鈍感で図太いですからね!気づかないうちにやってんじゃないすか?」
「そう言われると…返す言葉がないな…。でも、お前には言われたくない。」
ドスっと拓人を蹴ると拓人がうっと唸ってよろけ、また嬉しそうに笑って続けた。
「兎に角、今度、結花さん誘ってあげて下さいよ!」
「そうだな…。」
まだ戸惑いもあるが、自分も結花に好意を持っている。
今日この後、声をかけてみようか。いや、まだ早いか…。でも、そんな事では、いつまでもアイツに囚われている様で嫌だ。
——
《晴人くん、もう着いた??遅れてごめんね。》
平日の昼前。商業施設の一階に入ったオープンカフェで、晴人はそわそわとスマホを操作した。
「もう、いるよ。でも結花ちゃんは、ゆっくりで大丈夫だよ!…っと。」
女の子と遊ぶのは数年ぶりだ。だって、またこんな風に日常に戻れた事すら奇跡だ。
過去に思いを巡らせていると、首元に痛みが走る。小さくケロイド状のそこは、刺青の後。レーザーで除去したのに、呪いの様に未だに時折痛む。
数ヶ月前、自分を監禁して、好き勝手に扱い、あまつ刺青まで無理矢理入れたあいつ。
思い出すとまだ目眩がする。
ダメだ。考えるな…。もう、逃げ切ったんだから。解放されたんだから。忘れて、次に進むんだ。
いつの間にか頭を抱え混んでいたが、また手元のスマホが鳴って顔を上げた。
《着いたよ〜!長い間、待たせてごめんね。やっと会えるー!嬉しい♡》
送られたメッセージを見て、思わず口元が緩む。
クールな結花にしてはちょっとらしくないくらい大袈裟なメッセージだが、それが嬉しかった。
もう一度、下を向き息を吐く。
そうだ。全部、やり直すんだ。
決心するようにそう念じていると、カタンッと前の椅子が引かれる気配がした。
あぁ、結花ちゃんか。
「…ゆ……っ!」
「ずーっと、待たせてごめんね。」
目の前の人物に晴人は目を見開らいた。
かき上げるように、柔くセットされた柔らかそうな明るい髪色。優し気な二重。
晴人の反応を楽しんでいるのは明白だ。薄い唇の端を吊り上げていた。
「やっと、会えて、嬉しい♡」
正樹…!
「う、……っ‼︎」
甘い声。
それを聞いたとたんに、胸中に堰を切って過去の恐怖が溢れだす。
堪らず椅子から転げ落ちる晴人を、正樹は愛おしそうに目を細めて見つめた。
そして優雅に、晴人の飲みかけのコーヒーに手を伸ばし、一口飲む。
「…美味しい。」
「っ」
床で震える晴人を見下ろし、舌舐めずり。
これは、コーヒーの事を言ってる。分かっている。だが実のところ、自分に劣情をぶつけられた様で背筋がゾッとした。
その瞬間、晴人は脱兎の如くその場を走りだした。
「…へぇー、追いかけっこかぁ…。」
そんな晴人を見て、正樹が楽しそうに呟くのが聞こえた。
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