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第204話

無理をさせているつもりはなかった ただ、能力以上の事もやらせるようにしていたのがプレッシャーだったのかもしれない 祈織は最初から仕事もできないわけじゃなかった しばらく無職で俺の家に居させたが ちゃんと雇ったらしっかりと仕事ができることがわかった 最初はヤナギに色々教えてもらっていて そのうち1人でも仕事ができるようになって 俺の会社に勤め始めて5年くらいになる今 もう立派に仕事をこなしていて 俺が考える以上の事もできるようになっていた だから、知らず知らずのうちに無理をさせていたのかもしれない ただ、俺やヤナギと違い 祈織はまだ若い 年齢だけでは判断するのも違うかもしれないが ヤナギ程の仕事量を求めることは間違っていることはわかっていた だから、ついついキャパ以上の仕事を俺が振ってしまい、キャパオーバーになりぽろぽろと抜ける事がたまに出てきてしまう それは祈織のせいではなく俺のせいで 抜けがあるのは仕方ない事だと思っていた そのうちできるようになればいいくらいに思っていた それが祈織にとってプレッシャーだったとも知らずに 俺のそばで仕事をするのを辞めたいと言った祈織の表情は思い詰めていて これ以上無理させるのはかわいそうだと判断した 家にまで仕事の事を持ち帰りたくなかったから 帰りの車で話そうと決め 祈織が隣に座り少しだけ車を走らせたタイミングで告げることにする 「祈織、ごめんな。今度の出張までにしようか。お前が俺に付くの」 『…うん、』 と、祈織は窓の外を見たまま頷いた 『……ごめん、きょうへい』 「なんでお前が謝んるんだよ、俺が無理させてたんだろ」 『…ちがうよ、おれがちゃんと出来なかったから』 「…ちげえって、」 顔は見えないがすんすんと鼻をすする音で泣いている事がわかる 「泣くなって、」 と、言ってからしまったと自分で口を塞ぐ 『ごめん、すぐ、なきやむから、』 こんなん、ますます攻めているような言い方だ 帰ったらもう一度しっかり謝って 甘やかしてやろう そう言えば最近まともに甘やかしていないな あぁ、そうか、最近おもらしもおねしょもしてねえからタイミングが無かったのか おもらしやおねしょをすると 落ち込むから これ以上落ち込まないように、泣き止むように よしよしと甘やかしていたが そういえば最近そういう事が減っていた 俺が上手く甘やかせてねえのか 「祈織、最近俺お前に我慢させてた?」 『…してない、我慢なんて』 「…そっか、帰ったら祈織の好きなことなんでもしようか」 『なに?好きなことって』 「なんでもいいぞ、食べたいもの食べて、そうだ、明日休みだし映画観るか、プロジェクターのやつ」 『うん、そうする、好きなことしたい、』 「そうだな、何したいか考えときな。家に着くまで」 『うん、好きなこと全部してもらお、』 「いいぞ、何でもする」 祈織は涙を拭って 少しだけ座り直して前を向いた 本当に最近よく泣かしてんな、こいつの事 前はそんな泣かなかったのに いつからだろう、祈織は泣き虫になって それもやっぱりキャパオーバーを起こしていていっぱいいっぱいになっているからだろうか 『い、…きょうへい、』 「ん、あ?どうした?」 と、考え事をしていた間に 祈織に呼ばれていてなんだ?と耳を傾ける 『だから、ポップコーン、』 「ポップコーン?」 『映画館ごっこすんならポップコーン買ってこって』 「あぁ、そっか。そうだな」 『うん、』 まだギリギリやっている駅のアトレに寄っていく事にして 『キャラメルがいい』 「あぁ、ホットドッグもするか」 『うん、おれそれすき、』 と、祈織は言うが 涙が止まらなくなっているのか ずっと鼻をぐすぐす鳴らしてティッシュで顔を覆っていた 「アトレ着くけど涙止まるか?」 『んっ、とまんな、ぃ、』 「だよなぁ」 映画館ごっこより抱っこの方が必要だよな 『きょうへい、かって、きて、っ、』 「ええ?お前は?」 『んぅう、っ、まってる、から、』 「ええ?待てんの?」 『まてる、』 駐車場に車を止めてどうするか、と祈織を見るが 喋ったせいか余計涙が止まらない様子の祈織は 顔を覆っていて見せてくれない どんな顔で泣いてんのか、と腕を引っ張って顔を見ようとしたがイヤイヤと首を振る 「なぁ、どうしたら涙止まる?」 『だから、っ、おれ、くるまで、まつから』 「でもお前が泣くほど嫌なことあるなら、俺どうにかするから」 『…きょうへいには、どうにも、できないことだから』 「……、あぁ、うん。じゃあ、俺買ってくるから」 『かってきて、』 と、どうにか言葉を返したが一瞬思考が止まった 俺にはどうにもできないこと、 祈織が嫌なことは 今までだって、俺がどうにかしようとしてきた 嫌なことがあったら改善しようとしてたし、 仕事も、普段の事も 泣いてたら泣き止むまで、いつも一緒にいて そしたら祈織はいつも泣き止んで 何で泣いているのか、 何を考えていたのか 何が嫌だったのか教えてくれた だから、俺は祈織が嫌だったことが無くなるようにいつも改善しようとしてきたけど 今回はそういう訳には行かないらしい ポップコーン、とポップコーンを手に取って会計を済ませ カフェでコーヒーを2人分購入し タバコを吸って気持ちを落ち着かせる 今までも改善したつもりだったけど つもりになっていただけかもしれない 本当のところはどうにもならなくて 祈織が我慢していただけなのかもしれない 俺にはどうにもできないこと、 そうか、俺にできること無いのか。 俺のせいで祈織泣いてんのに。 俺、すっげえ動揺してるかも

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