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第3話

 数世紀前、人類は未知のウイルスにより生殖能力を破壊され、滅亡の淵に立たされた。  だがその未曾有の危機の中、人々の英知によって男女の性を超えたアルファ、ベータ、オメガの三つの種が新たに産み出され、やがてすべての人間が「新人類」として生まれ変わった。  知性や身体能力に優れ、生まれながらにリーダーとしての資質を持つアルファ種。  気性が穏やかで我慢強く、体が丈夫で働き者のベータ種。  そして脆弱な希少種ながら妊娠出産能力に長けたオメガ種のおかげで、人類は辛くも生き延びることに成功したのだ。  そうして再び繁栄を築いたこの社会で、オメガという種に求められているのは、「ジュピター」によって定められたアルファの婚姻相手と結婚し、健康なアルファの子供を産むこと。  なぜなら、アルファ種の生殖能力を最大限に引き出したうえで、アルファ種を産み出すことができるのは、三つの種の中でオメガ種だけだからだ。 「ぁ、あっ、先、生っ」 「うん、ここも好きなんだね。たっぷり嬉し涙を流している。ほら、こんなに」 「はぁ、あっ、ん、ふ……!」  自らこぼした透明な蜜で濡れそぼった雄蕊を、指を絡めて扱かれて、甘く声が揺れる。  人間としての性別が男性でも、オメガはアルファの子を宿す母体としての役割を担うので、自身の男性器を生殖器として使用することはない。  だからナオも、必要以上に触れてみたことはなかったのだけれど、青葉の手で喜悦の芽を見出されてからは、快感を覚える場所としてゆっくりと感度を開発されてきた。  今ではそこはとても感じやすくなっていて、触れられれば涙をこぼし、気をやればトロトロと白蜜を吐き出す。そしてそれが呼び水となって身が昂ぶり、後ろも潤んで蕩け始める。  それらはすべて、アルファの巨大な生殖器をその身に受け入れるための、合理的な体の変化だという。ナオは健康なオメガとして、正しく成長しているのだ。 「あっ、あっ、せん、せっ、僕、もうっ……」  幹を優しく扱かれているうち、腹の底がキュウキュウと収斂し始めたから、ナオは小さく声を発した。青葉がこちらの顔を覗き込んで訊いてくる。 「気をやりそうなのかい、ナオ?」 「んっ、んっ」 「いいよ。このまま達ってごらん」 「あっ! で、でもっ……、ぁう、んうっ、ううう」  頂に達して白いものをこぼしてしまうのは、なんだか粗相をするみたいで恥ずかしく、いつもためらいを覚えるのだが、青葉が絡めた指をわずかに引き絞り、促すみたいに動きを早めてきたから、思わず身悶えしそうになった。  青葉もナオの羞恥心は知っているが、気にすることなどないと言う。そして自分の前では何もかも曝け出し、淫らなまでに啼き乱れてもいいと、青葉はそうも言う。  でもナオは、少しばかり複雑な気持ちになってしまって……。 「はっ、ぁあ、駄、目っ、も、出ちゃうっ、白いの、出、ちゃっ……!」  こらえようもなく絶頂に達して、ナオの切っ先からビュクッ、ビュクッと白濁が吐き出される。  独特の青い匂い。腹や胸の上にぱたぱたと飛び散った飛沫は温かく、背筋を駆け上がったしびれるような快感と相まって、ナオの意識を甘く揺さぶる。  オーガズム、とその瞬間を呼ぶのだと、初めてこうなったときに青葉が教えてくれた。  ナオの体から、ほんの微かに甘い匂いが漂ってくる。 『――――発情フェロモンを感知。当区画のヒート警戒レベルを2に移行します』  愉楽に溶けた頭に響く「ジュピター」の声と、南国のインテリアホログラムに似合わぬアラーム音。センサーが匂いを感知したのだろう。  ナオから香るのは、混じりけのないオメガの発情フェロモンそのものだ。  何もしなければ月に一度、数日にわたり起こるヒートの間中、それはオメガの体から発散され続け、半径二十五メートルから五十メートル以内のアルファ種を否応なく欲情させ、性欲の奴隷にしてしまう。  それはときとして、安定した社会秩序を混乱に陥れるほどの危険性があるため、初めての発情を迎えたオメガには抑制剤が処方され、発情の管理がなされる。  オーガズムによって発するフェロモンはヒート時の数万分の一くらいの濃度で、アルファを惹きつけてしまうほどではないのだが、安全のため「ジュピター」のセンサーに引っかかるようになっているのだ。  青葉が顔を上げ、よどみのない声で言う。 「レベル2への移行を解除。管理権限者、医師、青葉恒彦」 『権限を認証しました。移行を解除します』  アラーム音がやみ、再び潮騒の音が部屋に満ちる。  絶頂の余韻も引いてきて、半ば放心しかかっていると、青葉がナオがこぼした白濁をティッシュでふき取り、気遣うように言った。 「たくさん出たね、ナオ。どこも、苦しくないかい?」 「……はい……」 「じゃあ、このまま後ろも診てみようね。膝を曲げて、肢を開いてごらん」  まるで何事もなかったかのように、青葉が告げる。  ナオが目の前で痴態を見せても、アラーム音が鳴っても、彼は穏やかに「触診」を続ける。青葉にとってこれはただの医療行為で、心乱すようなことではないのだと思うと、また少し複雑な気持ちになる。 (青葉先生に気持ちよくされると、僕はとても、ドキドキするのに)  青葉に言われるままに、自ら膝裏を抱えて肢を開いてみせながら、ナオは甘酸っぱく切ない気持ちを噛み締める。

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